~漂流中~

2017年6月、舌癌になった妻(39)が亡くなった。ADHDの息子(6)、頼りない自分(41)を残して…

■舌癌37 急転直下

2017年2月7日



昨年末から予定されていた

舌癌、口腔低転移癌の切除手術。



年明けから1ヶ月間、

TS-1、ネダプラチン、ドセタキセルの3剤による

抗癌剤フルドーズの化学療法を行い、

aegis-pilebunker.hateblo.jp




少しでも癌の拡張や、活発な動きを止め、

手術、切除時にしっかりと癌を全て囲った状態で

切除出来るように準備をしてきた。



しかし、この1ヶ月の経過を見る限り、

顎の下の腫瘍は増大し、

頚部リンパへの更なる転移を起こし、

とても抗癌剤が効いていたとは言い難い

病状の進行が素人目にも見て取れる状況。



それなのに、

副作用だけはしっかりと現れ、

特にネダプラチンの投与後は

辛い吐き気に何度か襲われ、

何も食べられず、胃液を吐くような状況が

2日ほど続いた事もあった。



しかし、

1クール目後半の休薬期間、1月末頃は、

ブログでも記事にしていった通り、

妻はいつもの調子を取り戻し、

外出許可を取って、ディズニーに遊びに行ったり、

食事をしたりと、



手術で体が辛くなる前に、

できる限りの楽しみを1つずつクリアしていき、

私も妻との大切な時間を重ねていくことが出来た。



実は外泊の直前には、白血球が異常に減少し、

骨髄抑制の副作用も強く現れていたが、

翌日には回復し、無事外泊の許可が貰えた

という経緯もあった。



そんな綱渡りもありつつ、

無事に抗癌剤副作用を乗り越えて迎えた手術前日。



主治医から、手術に関して最終説明を受けます。









🏥全身の精密検査では、遠隔転移の所見無し。



 麻酔の管を口から入れて全身麻酔を掛けると、

 顎の穴から麻酔が漏れてしまい、

 正確な麻酔量が分からなくなるため、

 気管切開を先に行い、

 確保した気道から全身麻酔を行い、手術に入ります。



 気管切開は、首周りの大掛かりな手術時の

 首周辺の腫れ、浮腫などによる

 気管の圧迫、窒息に対する対策にもなります。



 声帯の下に気道を確保しますので、

 口や鼻に空気が抜けなくなり、

 声が出せなくなります。

 また、タンの排出も咳き込むことは出来ますが、

 自力での排出が困難になりますので、

 吸引器を使って気道確保した穴からカテーテルを入れ、

 タンの吸引が必要になります。

 必要な場合はナースコールして頂ければ

 都度、看護師が行いますので安心してください。



 また、気管切開されている間は、

 基本入浴出来ません。

 気道に水が入ると、自力で排出出来ず溺れます。

 入浴に関しては、状態が落ち着いた後に

 入り方等を指導しますので、それまでお待ち下さい。



 今後の抗癌剤治療、および、栄養補給のため、

 太い静脈(中心静脈)への点滴が出来るよう、

 皮下埋め込み型ポート(CVポート)を埋め込みます。

 これにより、皮膚のすぐ下に埋設したポートに

 点滴針を刺すだけで、強い抗癌剤の投与や、

 高カロリー点滴を流す事が出来るようになるため、

 しばらくの間飲食が出来なくても、

 生きていくために必要なカロリーを摂取出来るようにもなります。



皮下埋め込み型ポート
ganjoho.jp



 癌の切除に関してですが、

 先日見つかった左の頚部リンパ節への転移が、

 頸動脈に癒着しているように見えます。

 非常に近い位置で、血管を押しているように見え、

 密着している状態です。






🧑ん、なに?






🏥左の頸動脈に癌がかじりついています。

 癌が血管に癒着していなければ、

 血管から癌を剥がす事が出来るかもしれませんが、

 もし癒着していた場合、

 無理やり剥がすと頸動脈がやぶれ、

 手術中に大出血を起こして、

 脳梗塞脳死、最悪は術中死亡の可能性があります。






🧑……その癌は取り除けない、という事ですか?



妻は、私の横で

感情を無くした人形のように1点を見つめたまま

何の反応も示さない。

この報告も前日には一人で聞いていた可能性がある。



ドクン!

と、心臓が強く打ち、息がしにくくなる。

心拍は上がらないが、

一拍、一拍、心臓を握りつぶされているような

むせるような息苦しさが襲ってくる。



直感的にこの先の話の流れが

全て組み立てられるように

頭の中に次々に流れ込んでくる。



🧑バイパスとか、人工血管とか、

動脈ごと切って、置き換える事は出来ないんですか!?

前に右頚部の手術したときに

人工血管に変えてるじゃないですか!



(前回は、脳から帰ってくる静脈をバイパスしており、動脈ではないが、この時の私はそれに気付いていません。後で調べた事ですが、動脈をバイパスする方法は無いようです。

兵庫医科大学脳神経外科の先生のサイトが、頚動脈に出来る治療方法について説明しており、非常にわかりやすいです。)

www.e-oishasan.net






🏥頸動脈は、心臓から脳へ血液を送っている血管で、

 非常に高い圧が掛かっており、

 血管も太く弾力があり、他のもので置き換えたり、

 バイパスなんて事は出来ないですよ。

 数分血流を止めただけで脳梗塞

 脳死してしまうので、血流も止められません。



 昔は頸動脈のバイパスなんかをやったケースが

 あるかもしれないですが、

 どれも成功している例は聞かないですね…

 我々医師は、実績のある方法があればいいですが、

 実績のない手術は出来ません。



 ただ、実際の状態は切って開けてみなければ

 分かりませんので、

 癌を残さず取れるようであればそれは取ります。

 しかし、どうしても切れない状況だった時は、

 その時点で傷を塞ぎ、撤退します。



 その際は、顎を切除する事も中止します。

 結局、癌が取り切れない状況で大きく切除をしても、

 その傷にすぐに癌が転移し、収集がつかなくなる。

 顎を切った所に癌が広がれば、

 切除部すべての傷が癒える事無く、

 喉まで見えるような大穴が開いたままの状態で

 苦しみ続けながら、

 命が尽きるまでただ待つしか無くなります。

 いくらなんでも、そういう結果は

 本人も、ご家族も、望んではいないのではないですか?






🧑………



何も言えないが、



納得していない訳じゃない。



顎が無く、



癌も治らず、



既に開いている顎下の癌と同じような状態が



顎が無く、喉まで見えてしまうような状態の



その周辺が全て癌に侵されて、



それでも死ぬに死ねない妻の姿、気持ちが



一気に押し寄せてくる。



そんな状態で懇願するような目で助けを求める妻に



私は、何をしてやれるんだろう…



いくら、助かる可能性を求めて、と言う理由でも、



出来ること全てをやろうとすることが



本当に幸せな事かどうか、



治療、という範疇を超えて考えなければならない岐路に



今、突然立たされた。






どう死ぬか。






1番の幸せを目指すために、



どう死ぬか?



を考えなければならなくなる。



死の瞬間に向けて、



どう、辛くないこれからを組み立てるか、



本人の辛さにとっても、



それを受け止める私自身にとっても、



どれだけの辛さを回避して、



しかし、確実に、



出来る限り幸せな死を迎える為に。






もう、じたばたしないで、覚悟を決めなさい。






そう言われている気がした。






🧑まずは、最後まで話を進めましょう…






🏥手術不能の確率は、50%以上だと思ってください。

非常に厳しい状態だと思います。



予定どおりであれば9時間~11時間くらいの

手術になる見込みですが、

撤退する場合は、

可能な限り予後を良くする為の切除等だけ行い、

2時間くらいで終わる可能性があります。



もし手術が出来ない場合、

分子標的薬セツキシマブを使って、

全ての癌を小さくする事が出来たら、

頸動脈の癌は、サイバーナイフで焼き切る事が

出来るかもしれない。



そこまで抗がん剤の効果が出れば、

顎の下も縮小が望めるだろうから、

そうなれば、改めて顎切除も含めて

予定していた手術が出来るようになるかもしれない。





🧑それは そうかもしれないですね…

もし、今のまま癌が進行したら、

どういう状態になる事が考えられますか?






🏥このまま癌が進行すれば、

 口腔低癌の進行により頚部が圧迫されて、

 気管切開していなければ息が出来なくなる。

 次に動脈圧迫による脳への血流不足で、

 脳梗塞が起きる可能性。

 もしくは癌が動脈をやぶり、大量出血による失血死。

 という結果が想定されます。






手術が出来なければ、

抗がん剤を続けながら、

これら致命的な症状が出るのを、

ただ待ち続けるしかないという現実。



酷すぎる。



しかし、為す術も無さ過ぎる。



病気に負ける、という現実の惨さ。



今はただ、頚動脈への癒着が無く、

手術が継続され、全てを切り、

無事に回復する、という奇跡を信じ続ける以外に

やれる事が何も無い。



あまりに受け止めきれない現実。

ただ、開けてみなければ分からない、

という一片の望みに、全てを託すしかない。



妻と病室に帰り、

何から話そうかと考えていた時。






👩明日はまた早いよ。

私はただ寝てるだけ。

10時間くらい寝てればいいなんて

楽ちん楽ちん✨

後は先生が頑張れはいいだけだから。

明日は付き添いも長いでしょ?

早く帰ってよく寝ておいてね💕



🧑わかった。

どんなことがあっても、 妻 が辛くない毎日を

送れるように判断するから。

絶対に辛い思いはさせないから…



👩うん。明日はよろしくね。






病院の外に出ると、

キーンと張り詰めた空気に満たされ、

今にも雪が降り出しそうな2月の夜道を

一人、駅に向かって歩く。



この道を何度行き来しただろう…

妻が、この道を自分で歩く事が出来なくなったのは

いつくらいだっただろう。



病気が発覚して約1年半。

まだ妻が、元気にしていた頃から

たった1年半しか経っていないのに、

遥か昔の出来事だったように感じる。






家に帰り、

妻を励ますLINEグループに報告します。






🧑手術前の全ての説明を聞き終えました。
予定通り、明日朝8時30分には手術室に入る予定です。

命を掛けた戦いになります。
家族の未来を掛けた戦いになります。

正直涙が出ます。
こんなときこそ笑って励ましてやらなきゃと、
ずっと思ってはいますが、だめだ無理だわf(^_^;

みんなが出来る、みんなにしか出来ない事で
妻を勇気づけてやって欲しいです。
身勝手なお願いですが、どうかお願いしますm(__)m






沢山の友人から、

妻へのエールが次々に送られてきます。






いよいよ決戦だね!

悪いもの全部取ってまたディズニー行こう!



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今日一日、ずっと元気玉送り続けます!

みんなの思いもあるから絶対大丈夫!



悪いとこ全部取れるよう願っています!

応援しています!



元気玉とどけぇー❗❗

頑張れぇー❗❗






ご利益のある神社にお参りに行った写真、

思い出の写真、励ましのスタンプ…



明日は奇跡を信じよう…!!









2017年2月8日



手術日。



手術着に着替えた妻と一緒に、

手術室まで歩いて行きます。



手術室までの道のりは、

手術着1枚では寒く、

私の上着を着させて…






👩手術前最後の姿を写真に撮って欲しい。






手術前の妻と、私のツーショットを

手術室前の廊下で1枚。

妻の顔は、元の素顔が分からないくらいに

浮腫んでいました。



その写真を、昨日のLINEグループにアップして、



🧑今、手術室に入りました。
皆さんからの心強いメッセージ、
元気玉はしっかりと妻に届けました!
妻を勇気付けて頂き、本当にありがとうございますm(__)m



手術室に入る際、

妻がいつも見せた、孫悟空のように勇ましく



じゃっ!いってくる!



と手術室に入っていく姿は、

そこにはありませんでした…






8時30分 手術開始。



🧑長い手術となる予定ですが、どう処置をすべきか、
早い段階でいくつか判断が入ります。
とても難しい判断です。
時には手術不能の判断が下される可能性もあります。

ただ、どんな結果になるとしても、
今の医療で可能な最善の判断をすることになります。

妻の生きる力、強運を信じて、手術の成功を待ちます。






11時30分 状況説明。



🏥左頸動脈に食い込んでいる癌が取れない!

既に頸動脈を圧迫し、血管が折れ曲がり始めている。

無理に取れば血管が破れる。

手術中止を判断。

セツキシマブを使った状態維持による延命治療、

緩和ケアに変更を決断!

少しでも予後を良くするために、

取れるだけの転移リンパ節は切除して

切除部を閉じます!






この瞬間、妻の癌が治らない事が確定した!






ちきしょう!ちきしょう…



助けてやれなかった!



妻は、治るためならどんな治療にも耐えると、



恐怖に負けること無く決心したのに!






妻の両親、妹さんへ状況を連絡。



🧑治してやる事が出来なかった!

もう、癌が取り除けない!

出来ることが、化学療法と、緩和ケアしか

無くなってしまった!





私も相当動揺していた。

多分、連絡を受けたご両親、妹さんには

とても辛いストレスを与えてしまったに違いない。



もう助からないの!?

抗癌剤で小さくなる、って事もあるんだよね!?



確かにそういう事も可能性はゼロじゃない。

でも、今までの経過、抗癌剤の効き方を見てくると、

別の抗癌剤を使ったくらいで状況が好転するとは

とても思えない。






ただ…顎の切除をしたことによる、

更に悲惨な状況になるよりは、

下手に手を出さず、穏やかな経過で

今後の経過を見守っていく事が出来るのではないか

とも思っている。



いや、そう思う以外に、

この状況を納得出来る方法が無かったのかもしれない…






13時30分


ICUに移る。



手術室からICUに移された妻に会いに行く。

通常、ICUに一般人が居続けるなんて

認められる事じゃ無かったのかもしれないが、

妻の思いを、その目線だけで感じ取れるのは

自分しかいない、と

私は、暫くそこに付き添い続ける事が許されました。



常にけたたましく警告音が鳴り続ける室内は、

決して、辛い身を置く環境としては

楽な場所ではなく、警告に対処する人の数も

足りない雰囲気。



昼と夜の感覚が一切無く、

時間の流れがわからない。



妻に、手術は無事におわったよ、と

出来る限りの事はやったよ、と伝えるが、

妻は、自分が想定していた痛みや、状況とは違う、

切除は出来なかったんだな、とすぐに感じただろう。



気管切開を行ったため声が出せないが、

昨日までの息苦しさは無いように思える。



頚部の切開部の痛みで身動きが取れず、

さらに、痰、血液が気管に落ちる等で、

頻繁に呼吸困難になりそうな咳を続け、

5~10分に1度くらいのペースで

看護師さんに気管にカテーテルを入れて

痰吸引をしてもらいながら、

とにかく辛い時間を乗り切っていく。



今回も、術後は汗をびっしょりかいており、

しきりに、暑い、扇いで… と

手をパタパタさせて訴えてくる。



それから3~4時間程経過した頃、

ようやく、呼吸も落ち着いてきて、

眠ることも出来そうなくらいに安定してきた時、

今回の手術の結果を伝える。



左右頚部(耳の下あたり)のリンパ節転移は

すべて取り除いた事。



しかし、動脈の癌癒着はやはり剥がすことが出来ず、

結果、顎の切除も、舌の切除もせずに

閉じるしか無かったこと。



それでいい、という判断を

私がしたこと…






🧑癌を取りきる事が出来なくて

本当にごめん…

無理せず、閉じてくださいと、

自分が先生に伝えたよ。

最後の最期まで、一緒に生きよう。

ずっとそばに居るから。

妻 の手をずっと握って離さないから。

自分たちにしか出来ない人生を

最後までやり遂げよう。

それで… いいよな…?






喋ることが出来ない妻は、



一番嬉しい時に見せる



真ん丸な瞳で私を見て、



指を👍👍👍と強く握って見せたあと、



私の手を握り、



ゆっくりと大きな瞬きをして、



( ありがとう! )



そう伝えてきた。






初めて二人揃って、



     死ぬんだ。



という事を認めた瞬間だった。