~漂流中~

2017年6月、舌癌になった妻(39)が亡くなった。ADHDの息子(6)、頼りない自分(41)を残して…

■舌癌40 眠れぬ夢、妻の声

2017年2月13日



頸動脈に癒着した癌を取り除く事が出来なかった妻、

結局、口腔低癌が悪化して、

顎下に開いてしまった大きな穴をどうすることも出来ず、



しかし、放置すれば皮膚は腐り、

不浄から始まる真菌…カビの発生などにより

命に関わる問題となってしまうため、



病院では、顎下創部の洗浄をどうやるか、

朝から試行錯誤が始まっていた。






創部は、指2~3本分くらいの穴が空き、

噴火口のような異形を形成し、

周囲の正常組織との境目が

大きく腫れ上がり、硬結する。



その大きさは、子供の握り拳ほどの大きさだ。



右下顎、唇が、

歯医者の麻酔後のように痺れているらしく、

痛みは少ないがうまく動かせない。



前の頚部リンパ節郭清手術時に

首周りの神経も切除していることと、

創部周辺の組織が、

溶けるように剥がれて行っている事、

モルヒネ系の強力な痛み止めを複数使い続けている事など、

それらの影響もあって、

痛みはそれほど感じない、という事に驚いた。



しかし、それが幸いしてか、

顎下に水をかけ、

少しずつガーゼで押さえるように

浸出液がドロッと固まったような部分を

拭いとっていく…

そんな、傷口に塩を塗るような処置も、

一切表情を歪めることなく、

受けることが出来ていた。



これから、この顎下をどう守っていくか、

出来るだけ傷を拡げることなく、

抗癌剤が効いて、縮小し、

あわよくば、

頸動脈の癌も小さくなって活動が弱まれば、

サイバーナイフで頸動脈の癌を焼き切る事も

出来るかもしれないと言っていた。



それが可能なら、

また癌が広がらなければ、

顎切除は伴うが、命を繋ぎ止める事は

出来るかもしれない。

しかし、そのために出来ることは、

抗癌剤が効くことを祈ることくらいしか出来ない。






私は、術後の辛い時間を共に過ごし、

その後も、息子と過ごすために

病院と、妻実家で寝泊まりをしていたが、

明日、月曜日からは日常に帰らなければならない。



もう癌を治す積極的な方法が無い、

と覚悟を決めてから、初めて帰る我が家…

もう、風呂と寝るだけ以外に、この家に帰る意味がない。



洗濯をすませ、無音の寝室で布団に入る。



隣の、呼吸がしやすいようにと



上体を30度くらいに上げてあるベッドに、妻はいない。



このベッドにまた妻が寝られる日は…



ぐっ と胸が締め付けられる。






妻のベッドを見ながら、

妻の着ていた服を見ながら、

静まり返った室内で独り日常が、

非日常に変わっていく瞬間を感じる。



いままで、朝方4時まで

毎日必死に治療法を探し回った日々は終わり、

奇跡を信じる以外に出来ることが無くなった…

自分は、妻を助ける気が無いのか?

という罪悪感に潰され、眠れなくなる…






妻のベッドに、

妻がいつも大事にしていたダッフィーのぬいぐるみを

寝かせてあげた。






ほんの少しだけ、心が落ち着いた。






朝方、夢を見た。

隣のベットで体起こして、

少し微笑んでこっちを見ていた。

触れた感触がわかる夢だった。



病気になる前の妻…

とても綺麗な、2年前の妻が隣りにいた。



場面が飛んで、

今まで一緒に経験してきた事が

回想シーンのように、

うっすらと色が付いた状態で流れていく。



息子もいて、妻は息子をだっこして、

一緒に買い物したりして。



遊びに行ったり、

日常のひと時だったり。



沢山の場面は流れて…



妻の笑顔とは裏腹に、

なにか焦りのような

まだ!まって!

という感情が湧き上がる。



家に妻と息子と3人でいて、

私は息子と遊んでるシーン。

妻は台所に立ってご飯を作ろうとする。



その時、突然台所で倒れてしまって、

息が苦しそうにしてて…

息子を抱えて、寄り添って、



待って!やだよ!



って私は叫ぶんだよ。



息子は私に抱えられたままびっくりして

何も言えず妻を見てる。



妻は、癌なんて無い綺麗な姿なんだけど、

声が出なくて…

私と息子をみて、



ありがとう



って口だけで…






号泣して起きて、

やっぱり隣には妻の代わりのダッフィーしか居なくて…

涙が溢れてきて…



一人で寝れないのは俺の方じゃないか!!(ノ_<。)






この時期、妻の近くにいると本当に落ち着きました…

たとえ病気のこの時であっても、

辛さを消し去ってくれる。

妻が辛い思いをしている事に変わりは無いけれど、

それでも全てを穏やかな空気に包んでくれる、

そんな力が妻にはあるんだって…



そういう事に気付きもせず、

でもどこかでそれを感じながら

毎日を過ごせていた今までの日常。

それがどんなに幸せな事だったのか…

初めてその凄さと、有難みに気付かされました。






2月14日



手術後、首、顎周りの術後状況の治癒が遅く、

気管切開場所に差し込まれたカフ付きカニューレ

異物感、息苦しさ、飲み込みが

思うように出来ない辛さを訴える。



タンのようなものが頻繁に引っ掛かり、

頻繁にむせてしまう。



妻は、タン切りの薬を飲みたい、

今まで飲んでたタン切りの粉薬が貰えなくなった、

少しの粉薬であればトロミ剤で飲むことが出来るのに、

タン切りの薬や、喉の腫れを取る薬などを

処方して貰えず、自分は辛い思いをしているのに…

どうして?

と訴える。



しかし、声が出せないため、

思うようには意志を伝えられない。

タン吸引で、常にナースコールをしなければならない

申し訳なさのような感じもあったんだと思います。



命の掛かった話だから、何も気にしないで!

とは伝えていましたが、

迷惑とか、気遣ってしまうとか、

そういう事を妻はよく気にしていました。






妻の思いを看護師に伝え、

薬を出して貰おうとしましたが…

看護師が私を捕まえて、話を始めます。






実は、飲み薬だと口腔底にあいた穴から

空気も薬も漏れてしまうから、

うまく飲み込めないこと、

その関係で、薬を点滴で入れるように変えたことは

事前にも、事後にもお話をしていました。



ですが、

そのような感じで自身の辛さを訴えたり、

聞いたことを覚えていないような感じがある時は、

必ず看護師に報告をして下さい。



(モルヒネ系の鎮痛剤が効きすぎていたり、

フラッシュ回数が多すぎたりすると、

幻覚症状や、常時ぼんやりとし続けてしまう事があり、

今の状態がそれに近いのかどうか判断が必要になる

のだそうです。)



そして、いずれにしても

本人が説明を聞いた意識が無いのであれは、

もう一度しっかり説明をして、

納得の上で治療を進めた方がいいでしょう、と。



すぐに看護師と一緒に妻の個室へ行き、

事前に私が妻の気持ちを落ち着かせてから

看護師が説明を行い、

必要な薬は全て点滴で入れられている事を伝えると、

妻は、申し訳なさそうに手を合わせ、

看護師に頭を下げました…



いいんだよ、

そんなこと気にしなくて…

みんな、全力で妻の事を支え、

出来る限りの治療、緩和をやってくれている。

心配しなくていいんだよ…






ただ…

私は、なんだか妻が、

今までの妻ではなくなっていってしまうような、

あぁ、こんな事まで起きてきてしまう事態なのか…と、

何も言わずにただ時間が過ぎるのを待っている妻の背中を

さすって上げることしか出来ませんでした。



妻が大好きだったバレンタインデー。

毎年欠かさず買っていたステットラーのチョコは

手術前に買うことが出来ていました。

しかし…

この日、それを楽しむ余裕はありませんでした…

www.chocolaterie-stettler.com






2月15日



今日は早く仕事が終わり、

早めに病院へ行くと、

まだ妻の母が病室におり、

ニコニコしながら迎えてくれた。



なんだ、どうした?

なんかあった?



と聞くと、なんと…






👩「おかえり!」






と声が!



手術後、気管切開をしていたため、

声帯に息が通らずに声が出せずにいた妻でしたが、



喉から気管に通していたカフ付きカニューレ

スピーチカニューレというものに変更した事で、

声が出せるようになっていたのだ。






スピーチカニューレは、

通常のカニューレとしても使えるが、



カニューレの空気の入口に

一方向バルブ という弁が付いており、

空気は吸えるが、そこから吐くことは出来ず、

カニューレの途中にあいた穴から口の方へ 

空気が抜けるようになっているため、

声を出すことが出来る。

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※ 画像は、株式会社高研のサイトからお借りしました。






この日、

午前中はカニューレを変更するために、

切開場所から血が出てしまうほど

ストレスが掛かる処置をして大変だったようだが、

夕方にはその辛さも取れて、

喋る事が出来るようになったらしい。

これは嬉しい(゜▽゜*)



喉、鼻に空気が抜けるようになったため、

そのあたりの違和感なども取り除く事ができ、

とても気分がいいって!

良かった!



何かが治った訳では無いけど、

気持ち的にも、凄く大きな前進を感じる!



バルブの関係で空気の吸える量が充分ではなく、

常に深呼吸のようになるため、

喋っていると息が続かず疲れてしまうが、

気持ちを伝えられる事は、

本人にも、周りの人にも、大きな安心感になる。



なによりも、

また妻の声が聞けた(ノ_<。)

それが余りにも嬉しかった…






食事に関しては、

まだ流動食しか食べられず…



しかし、顎下の穴も広がってきており、

食べたものがすぐに穴からジュルジュルと

吹き出してしまうような状況。



普段、人が ゴックン をする時、

口を閉じて ゴックン する訳だが、

この ゴックン の力は非常に強く、

口から胃にかけて、強い圧が掛かる。



この時、口を閉じて、

空間が密閉されているから

(胃の方にだけ逃げ道があるから)

食べ物、飲み物が、胃の方へ流れて行きますが、



その途中に圧の逃げ道があると、

そこから圧が逃げる流れが出来てしまい、

それで、顎下の穴から流動食が吹き出してしまう。

これがもどかしく、

お腹を満たす事が出来ない…






顎下の創部を、

固めてしまうような薬?

も検討しているとのこと。

(詳細は不明)



浸出液が抑えられ、

穴を一時的にでも塞ぐ事が出来れば、

顎下を押さえている大きなガーゼが汚れる事も減り、

一時退院も出来るようになる。



そうすれば、

家に帰る時間も作れるかもしれない、

とのこと。






もう、私の持っている知識、

ネットで調べたにわか知識等では

対処のしようが分からない。



まずは、顎下のガーゼをどう取り替え、

綺麗にしているのか、

看護師の処置の仕方を見て覚える事が、



これからの妻と、

心を通わせるひとつの方法になるのかな…と、

看護師の指先の動き一つ一つを観察し、

そのやり方を覚える事にした。






そんな事を思いながら、

先日の窒息事件以降、

妻のタンの吸引の仕方を覚えられるよう、

何度も繰り返し吸引の処置を行い、



その処置を通して、

妻の うれしい💕 を引き出し、

心を通わせるようになっていった。

■漂流15 三回忌

2019年6月23日



あれから2年、

6月26日は妻の命日。

6月23日に、妻の三回忌を行いました。






今まで法事の事など、実家の方では触れることも無く、

まったく知らなかった私ですが、



妻の御両親にたくさんの事を教わり、

自分でも理解しようと色々調べ、

ようやく何とか、周りには迷惑をかけない程度の

準備、振る舞いも出来るようになってきた気がします。



まだまだ未熟者ではありますが…。






新しい場所での生活、

息子と2人での、ドタバタな毎日も、

1年以上たってようやく流れを掴んで、

少しだけ、今まで出来なかったことをする時間も

出来てきた感じがします。



妻は、私たち家族が生きていくために

必要なこと、大切なことを、

沢山教えてくれました。



それこそ、一生掛かって

ゆっくりと身に付けていく事も…






しかし、

妻は、私たち家族の周りから、

それ以上に大切なものを

もっと沢山、二度と取り戻せない所へ

持って行ってしまいました…






2年前、

余りにも多くの事がいっぺんに起き、

人生に余りにも大きな影響を受け、

やらなければならないことが多すぎて、

気付いていなかった事も沢山あったんでしょうね。



今、2年が経過して、

妻がいなくなってしまった大きな影響を、

余りに大きすぎて、

避けることも、受け止めきる事も出来ずに、

ただ押しつぶされるように

私の人生に覆い被さってきているように感じます…






2019年6月26日



妻の命日にたくさんのお花が妻の元に届きました。

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覚えていてくれる、という事が、

妻が生きて、どれだけ人に慕われていたか、

という証なんだと思うと、本当にありがたい事です。



妻の事を、

花やみんなの想いという形でしか、

感じたり、慰めるものがないという事が

あまりに切なくて…



そんなこと言ったってしょうがないのは

一番自分が分かっているんですが、

それで割り切って前を向くというのは、

未だに難しいです。



たとえ息子と2人の生活が

ある程度軌道に乗っているとしても、

全てに納得して、

割り切ってやっていることではないので…



当事者として、

一生で一番苦しく辛い死を

受け入れるしかなかった妻の辛さは計り知れず、

皆その妻の辛さは全身で感じている事かと思います。



ですが、

その一生を目の当たりにして、

自らの手で妻の最後の願い、



二度と起こさないで…それが私の願い…



という約束を守り、

残されてしまった自分と息子の永遠の苦しみ、

不幸に対しては、

きっと誰一人として理解が及ぶ人はいないんだろうな、

と三回忌の時に改めて感じた事でもあります。



集まって頂いた皆さんの事を悪く言っている訳ではなく、

その思いは絶対に当事者にしかわからないもの…

ということです。



こればかりは誰にも解決出来ないことで、

どうしたらいい、

なんて何も言えないことですが、

助けてあげられなかった情けない自分の本心は

今でもその状態のまま止まってしまっていて、

ここから抜け出すことが出来ないだけでなく、

抜け出すこと自体が罪深いことのように感じてしまい、

心の身動きが取れず、苦しさが無くなりません。






どんなに夢物語のような事を言っても、

妻はもう帰ってきません。






いつ、なんとき、家に帰ったら



👩久しぶり!ちょっと戻ってきてみた(笑)



って、家に居たりしないのかな…って、

思ったことは多々あります。



でも、そこで思い起こすのは

3年以上前、4年近く前の妻の姿です。

元気だった頃の妻の姿。



白いベッドの上で、

3本、4本の管に繋がれて、

ただ、骨に皮が被ってるだけのように

痩せてしまった2年前の妻の姿ではありません。



本当は、ちゃんと歳を重ねて、

41になった妻の姿が、そこにあって欲しいのに…







思い出される笑顔も、愛嬌も、



息子と戯れる姿も、



もう全ては遥か昔の話。






妻が亡くなってからは2年かもしれませんが、

私にとっては、

妻が、妻らしくいられなかったこの4年間が、

日常ではない日々として、

鮮明に記憶に刻まれています。



そして、

未来永劫、この十字架を背負って

生きていかなければならないという

果てしない、救いの無い世界に

真正面から対峙しなければなりません。

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ただ、居なくなってしまった、



もう会えない、



なんて生易しいものではなく、



これからの半生、



誰とも心通わせる事叶わず、



楽しい時も、



辛い時も、



病める時も、



挑戦する時も…



ただ独り虚無のように



ただ生きてしまっているだけ…






そこに1点の彩りがあるとすれば、



息子の成長を遠くから見守れるような



そんな生活が出来るようになる事だけが、



唯一の希望と思って、



息子を、世の中で活躍出来る人にする



という目標を掲げて生きている事だけが



今の生きる目標になっています。






この彩りの無い世界からは、



自力で抜け出せる気がしない…



どうすればここから出られるのか、



知っている方はいますか…?

■舌癌39 恐怖

2017年2月12日(日曜日)



頸動脈に癒着した癌を切除出来ずに、

手術継続不可で傷を閉じて、

撤退するしかなかった手術日から4日目。



私は、前回記事にもあるとおり、

仕事にも行きつつ、

夜は病院に寝泊まりして妻に付き添い、

術後の辛さを介抱していました。



ようやく自力で起きて、

トイレなどにも行けるようになり、

体を起こしてゼリーなどを食べることが出来たり、



呼吸を確保するための気管切開や、

そこに挿入されたカニューレ

また、それに伴うタンや血の滲み等による咳き込み時の

タン吸引などにも慣れてきて、

術後3日目くらいで経過が落ち着いてきた。



妻からも、



👩息子と遊んであげて。

 普段うちの実家でじじばばとしか居ないから、

 土日になると、おとーさん、おとーさん!って

 遊びたくてしょうがないんだよ。

 年パスあげたんだから、

 日曜はディズニーでも行ってきなよ(*^_^*)



と。






ということで、

2月11日(土)の夜は、妻から離れ、

息子の暮らす妻の実家へ。



久しぶりに一緒に過ごす息子は興奮気味で、

私のスマホを奪い取って、なぜか自撮りしまくる(笑)

カメラを使うのが楽しくて仕方ないらしく、

80枚くらい至近距離で自撮りをしまくっていたが、

顔すらちゃんと写ってないクソ写真ばかり(ーー;



妻はそんな息子(もマトモに写ってない)

の写真を見て笑ってくれた(*´ω`*)



私は、興奮する息子をなだめ、

一緒に風呂に入り、

自転車の練習をした事なんかを話しながら就寝。



そして12日(日)は、

息子と2人でディズニーランドへ。






また、妻も一緒にいる気分を味わえるように、

ディズニーランドから息子の様子や、

まだ妻も見たことがないパレードの動画を送る…



息子と2人でディズニーで遊んでいる様子を

Lineで伝えると、妻も良く返事を返してくれて、

言葉が弾んでいるのがわかった。






あれだけディズニー好きで、

ほぼ全てのショーを公開と同時に、

もしくは、公開前のスニークで鑑賞してくる妻よりも先に

私が見に行く日が来るなんて、考えもしなかった。

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この時は、アナとエルサのフローズンファンタジー

が公開された初年度。

まだ妻も見たことがないショー…



写真、動画を送ると、

ショー楽しそうだね!

と、自分が見たことないパレードに興味津々。



パークにもスノーギースいっぱい!

※ 下記二枚の写真は公式サイトよりお借りしました。

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息子も、スノーギースまんを

かわいぃ~💕

とかじりつくも…

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それぞれのパーツに違う具が入っていて、

アンコ的中!

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👦ボクあんこ嫌いなのに~💦



本当は、紫いもクリーム(笑)

食べられず出していましたf(^_^;

他の、ミートソース、サーモンクリーム、

ストロベリークリームは美味しそうに食べてました(*^_^*)



この日は、イッツ・ア・スモールワールド

大規模リニューアル工事中で、

こんなの配っていました。

珍しかったので、後で妻に持っていってあげました。

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一緒に見に行きたかったな…






息子は、いくつかの乗り物で、

膝の上に座りたいとせがんでくる。



私は、子供を膝に乗せたまま

アトラクションには乗れないと思っていたから、

息子を一人で座るよう下ろそうとするが…



息子は、

違う違う!膝の上で!そっちの端に座って!

と言ってくる。



直感的に思った。

妻が、子供を膝に乗せていいアトラクションを知っていて、

息子を膝に乗せて、

一番見やすい位置に座るようにしていたんだと。






息子は全てを覚えている…



お母さんと二人でディズニーに行って、

お母さんの膝に座れていたのは、病気になる前。

今から2年も前、

3歳半ばの頃までだ。



その後、妻を車イスに乗せて一緒にディズニーに行き、

遊んだ事は数回あれど、

その時、息子はアトラクションに乗る時に

何も言わずに一人で座っていた。






おかあさんは、

ボクをだっこしてくれるチカラがないから、

びょうきがいたいから、

おかあさんにはギューしちゃダメだよって

言われていたから…






車椅子で妻を連れて、

家族3人でアトラクションに乗る時も、

妻の膝の上には当然座ろうとしなかったが、

同時に、

私の膝の上にも、絶対に座ろうとはしなかった。



これは息子の、

妻に対する精一杯の思いやりだったのかもしれない。






程なく遊び、妻実家に帰る。



妻を見てくれていた妻の両親から、

今日は気道に痰が絡み辛そうだった、と聞く。



ディズニー帰りで夜も遅かったが、

辛かった、と言っている妻に会いに行くために、

夜、病院へ。






妻は、術後から変わらず、

ベッドの上半身を45度くらいに起こして、

私に気付いて手を振ってくれた。



術後、ベッドが水平に近いと

首に掛かる負担が大きく、

身動きが取りにくく、

首も締まって息が苦しく、

タンでむせやすくもなるという事で、

起きている時も、寝ている時も

常にこの姿勢で過ごしていた。



気管切開により声が出せないため、

筆談で話をする。



今日あった、苦しかった事というのは…



気管にタンが落ち、

急に息が吸えなくなり、

咳き込みも止まらず、

ナースコールをした時のこと。



すぐ駆けつけたナースは、

普段あまり身辺関係の世話をしてくれない

事務仕事ばかりしているナースだったようで、

その場で対応をしてくれず、

他のナースを呼びに行ったらしい。



しかし、妻は呼吸が出来ず、必死の状況で、

その時に吸引をして欲しかったが…

そのナースは、

危機感も無さそうな、急ぐ素振りも見せず、



他のナースを呼んできますね。



とだけ伝え、ナースコールを消し、

戻ってしまったという。



妻の母、つまり義母が居合わせたが、

看護師の代わりに吸引を行うことも出来ず、

他の看護師がすぐ来るのか部屋の外を見たが、

すぐ来る気配は無く、

裏では、窒息状態の妻…!!



義母はフロアに響く大声で叫んだそうです。






助けてください!誰か来て!

息が出来ない!早く来て!!





何人かの看護師が

他の部屋から飛び出してきて、

その中の、妻を一番見てくれている看護師が

駆け込んできてくれて、






ちょっと苦しいよ!頑張って!






と言いながら、

吸引器を強く動かし、

気道深くまでカテーテルを突っ込んで

タンを吸引してくれたそうだ。





ようやく呼吸を取り戻した妻は、

ボロボロ涙をこぼし、

何度も深く呼吸をして、

その看護師にすがりついた。



本人の感覚の話だが、

2分、3分は呼吸が出来なかったと思う、と。

吸うとタンを吸い込んで、反射で咳き込むが、

咳を出す空気が肺に無く、

溺れたような感じになり、

全身が痺れ、意識を失いかけたらしい。



死ぬ!



本気でそう思った。






夜、回診に来た先生に、

筆談で、とても強く訴えたらしい。

息が出来ず死にそうになったと。

ナースコールをしても、

来てくれた人は対応してくれず、

こっちは死にそうな思いをしているのに!






不安な気持ちが溢れたんだと思います。

ある意味、余命宣告されたようなところに

それでも生きようと、立ち向かおうと

気持ちを奮い立たせるときに、

こんな仕打ちを受ければ誰でも当たり前だ。



看護師全体が悪い訳では無い。

後日、よく見てくれる看護師に聞いたが、

その“塩対応”をした看護師は、

別に事務専任という訳ではなく、

他の看護師と立場は変わらないが、

以前からそういう働きぶりなんだそうだ。

命を預かる現場の意識としては

あきれるばかりの態度だが…

他の看護師が、



ごめんなさい。

二度とこういう事が起きないようにします。

怖い思いをさせてしまってすみませんでしたm(__)m



と頭を下げに来てくれた。

塩対応看護師の代わりに…



それ以上は事を荒立てなかったが、

その看護師だけはイヤ!

と、私たちの不安感は無くならなかった。






これは後日の事だが、

看護師にタン吸引をして貰っている時、

苦しいのでは無く、

何が恐怖を感じているような表情をしていて、



話を聞くと、

あれから、タン吸引が怖くてしょうがない

また窒息するんじゃないかって…

癌で死ぬより、窒息で死ぬほうが怖い!

と…



私は看護師に言いました。






🧑それ、自分がやることも出来ますか?

 医療行為だからやってもいい事だとは

 思っていませんが、

 もし出来ることなら、看護師さんだって

 常に付きっきりな訳では無いし、

 他にも手が必要な患者さんもいる訳だし、

 自分が出来るようになることで、

 妻の不安を少しでも無くしてあげたいから…
 





妻は目を丸くして、

そう!それがいい!

という顔。



結局、

本当は医療行為だから、という前置きはあったが、

旦那様なら出来るんじゃないかな?

という話になり、






🧑じゃあ、無理せず、深追いせず、

 苦しくなる前にナースコールするようにするので、

 少し出来るようにしていってみます。

 ありがとうございます。






と、吸引の仕事は任せてくれることになった。



後に、妻を見てくれていた

看護師リーダーさんがいる目の前でも、

吸引だけは私がいい、と妻が言うようになり、

看護のプロの目の前でも、吸引は

私がやることを認めてくれるようになっていきます。

(最終的には、注射や、点滴を除く、身辺介護の殆どを私がやるようになっていきますが。)






話は戻って、

窒息事件があったその日の夜。






自分は1度家に帰ったが、

家に着いてすぐ、21時過ぎ頃に

妻からLINEが入ります。






👩一人だと不安になる!ずっと一緒にいて欲しい…!






窒息しかけた事が、相当に恐怖だったんだと思います。

ただでさえ、呼吸も普段とは違い、

口からは息が吸えず、

喉に開けられた穴から呼吸をする。

酸素の流入量も、きっと普通の呼吸とは違う筈。






この不安な気持ちを今受け止めずに、

いつ受け止められるのか。



不安や、助けを求める声は、

今、恐怖や孤独、絶望感を感じているからこそ

相手の都合を顧みずに訴えてくるのだから。



妻は今、初めて本当の死の恐怖と対峙し、

一人押しつぶされそうな不安のなか、

病院の個室で一人でいる。



不安を感じないようにしてあげるだけでも、

辛さ、痛みは和らぐ。

焦り、焦燥感が薄れれば気持ちも落ち着く。

今、少しでも妻の辛さを取り除いてあげる事は、

私の一番の願い。



たとえ、自分の予定がどうであろうが、

また明日行くよ。

などと言おうものなら、

妻を、恐怖と絶望と孤独感の深淵に

叩き落とすことになるだろう。



自分には、そんなことは出来ない。



明日は仕事を休み、今晩から1日側にいて話をしよう…。



すぐに病院へ連絡し、

妻からのSOSがあった事を連絡。

急で悪いが、今から病院へ行き、

まずは1日、今晩付き添いをさせて欲しいと

無理を押してお願いする。



許可を頂き、

1泊分の荷物準備をして、

今帰ってきた道をまた病院へと戻る。



妻は、先程と変わらずベッドにいて、

来てくれた!ありがとう!

という表情で私を迎えてくれた。



どんなに怖い思いをしたとしても、

安心出来る人が近くにいれば、

不安感など一瞬で吹き飛ぶ気持ちは

私もよく理解出来る。






夜も11時になろうとする深夜。



今夜は、



出来る限り妻の不安を取り除けるよう、



寄り添い、手を取り、話しかける。



時に笑い話を、



時に21年間の思い出を…

■ADHD17 2年 運動会

2019年5月



2年生、

特別支援学級に入ってから2ヶ月が経ちます。



息子の状況としては、

1年前と比較したら雲泥の差と言えるほど

安定した状態になっています。



感情的な言動や、

手が出る行動、

寝転がって何もしない、

逃げ回る、

といった行動がとても少なくなりました。






決して落ち着いてはいませんので、

すぐ興奮して、嫌だと言われることをしてしまう、

しつこい、

声、アクションが大きくなる、

周りは一切気にしない、

言われたことを直ぐには聞けない、

遊び道具を取り合い、奪いとる、

行動の切り替えが超困難(自分でも困っている風)

といったところは、まだまだ強く持っています。



勢いで行動してしまうことはありますが、

話し合いで解決出来ることも増えてきました。



一時期、わざと悪いことをして、

それを注意された時に、



じゃあ止めるから、XXXしてよ。



と、要求してくるような行動が出ましたが、

自分から悪いことして、それをやめる代わりに

何かを得ようとするのは、



絶対に話聞かないからな!

そんな悪いことするなら、

お父さんは一切おまえの言うことは聞かない!



と、その行動だけは断固として拒否、

事の悪さによってはここまで強く言われることもある、

という事を経験してもらう為に、

1分間くらいだけブチ切れ、

やめた瞬間に、元通り楽しくやる(笑)

これを繰り返したら、



あー、はいはい、わかってるよ。

もうしないよ。



と、スムーズな妥協に繋がるようになってくれました。







少し横道に逸れますが、



まぁ…このやり方も、

相手の理解の深さとか、

考えの浅はかさとか、

聞こうとする態度、

どこまで試そうとしているか、

怒りの感情を感じ取るのではなくて、

言葉を聞こうとしてくれているか、

など、

物凄く状況を分析してやってる事ですので、

誰でもブチ切れれば言うこと聞く、

という事では無いので注意が必要です。

当然ながらブチ切れも演技ですしね。






発達の対応は、

こういったその場の状況を常に考えて、

即座に分析してやるべき事を決める、

というスピード感と、

当たりの強さ、程度を適切にコントロールする、

絶対感情的にならない、

などの冷静な判断が必要です。



ちなみに、絶対にやってはいけないのが、

解決方法は何?

どうすればこの行動を改善出来るの?

と、短絡的に人から聞こうとする事だと思います。

子供に対してやってはいけないこと、ということより、

親や大人の意識としてやってはいけないこと

として。



そんなものは誰にもわからない、医者にもわからない、

今この瞬間のやり取りでは解決出来ない、

善悪の判断だけでは行動は改善されない…



まずはそこを理解するのが先。



その上で、

障害に対する知識と、

本人の理解と、

周囲への理解と、

環境に対する判断と、

今起きている事への多方面からの状況把握をして、

更に、

1発解決を決して目指さず、

段階的に、しかし、1つずつ確実に、

その問題に関わる全員(本人、友達、先生、大人も)

に対して、

それぞれがどうしていけばより良い状態になるか?

を、しっかりと言い聞かせ、理解してもらう。

という対応が必要です。



まず、頭でやり方を決めてしまおうとする人には、

シビアな言い方かもしれませんが、

間違いなく発達障害の子への適切な対応は

出来ないでしょうね。



躾や指導の方向性は決める必要があります。

でも、

やり方、言い方は決めてはいけない。



これ、短絡的な考えを持つ人には

絶対にわからないです。

言葉の意味は理解出来ても、行動出来ないですね。



そういう大人が近くにいるとき、

息子の行動は相当に荒れました。

そして、

そういう人は、こちらからの話、申し出に対しても、

じゃあどうすればいいんですか!?

と言うばかりで、理解を示さない。



ある種の、正義感いじめみたいなもので、

話にならない事が殆どです。



正論を並べる事しか出来ない人、

考えているとは言いながら事実からは目を背ける人、

大事な1点に集中していると勘違いしている人…

こんな人は、“多数の普通の子” に忖度しすぎて、



普通はこうじゃないと駄目ですよね?

どの子も、そういう風に出来るようにならないと

駄目ですよね?

みんなに同じように接して、同じルールを守らせないと

不公平じゃないですか!



と、ちゃんと出来ている子の頑張りを評価しようとする。

評価をする事は悪くないんですが、

その、出来ている子の頑張りや成長と

同じ成長度合いの枠にはまらない子は、

出来ない子

として叱りつけ、躾だと言います。



しかし、何らかの生まれ持った特性により、

その 普通の成長 から外れてしまい、

どうしても成長が凸凹してしまう子が、

発達障害だと診断されますので、

そういう子は枠から外れてしまうことは前提なんです。



しかし、そういう子を爪弾きにして、

放ったらかしにしてしまえば、

将来、必ず本人だけでなく、

家族だけでもなく、

周囲にまで迷惑が掛かる人になってしまう。



迷惑だからあっちいけ!



という後回しは、

巡り巡って、社会全体の問題として

必ずツケが回ってきます。

登戸の通り魔事件のようにね…



どうやったって、

自分には関係ない、にはならない世の中なんですよ。



なかには、親が見放す不幸なケースもあると思います。

登戸の犯人も、そういう境遇だったのでは、

と報道されているようですね。



でも、障害を持つ子の親は、

大半は死にものぐるいで

しっかり生きていける子にしなければ!

と、人生の全てを投げ打って

対応をしていると思いますよ。



なら、親が全部面倒みろ!

よそ様に任せるな!

そんな極論を言う人がゴマンと溢れている最近ですが、



ベストを尽くそうとする結果、

その辺はバランスが必要になるのです。



色々な、気を許せない人との関わりの中でしか

喧嘩をするような子もいる中でしか

得られないスキルというものもあるのです。

常に家にいるという引きこもり予備軍にしない為の

対策が大いに必要になるのです。






その中で、どうすればこの子は

スムーズに 普通 の枠の中に入ってくれるか、

その子に合わせた成長を、

家族を中心に、

関係する社会全体で促していくのが、

発達障害に対する対応の仕方になるんです。



今すぐには言うことが聞ける子ではないかもしれない。

でも、数年後には、枠に納まっているように

数年のスパンで対策を行って、

将来、自立した生活が出来るようにする事が、

発達障害に対する適切な指導なんだと、

私は思います。






だいぶ横道に逸れましたがf(^_^;

話を戻しましょう。









その後の学校での行動は、

不要な刺激、挑発、自らのちょっかい出しが少なく済む

という部分で、特別支援学級の良さがよく出ていて、

決して真面目にはやっていない気がしますが╭(๐_๐;)╮

集中して活動出来る状況のようです。



また、同じ学年の以前から仲良くしていた子が、

同じく特別支援学級にいるという事も

相当関係しているでしょう。



その子も、凸凹に苦労している男の子なんですが、

うちの子とはまったく違い、

とてもオットリしていて、優しい子なんですよね。

うちのは、周りの子の影響を受けやすいので、

活発な子がいれば、更に活発になりますが、

穏やかな子がいれば、態度が優しくなります。



この子との関係が、とても良いんじゃないかな

と感じます。

相手の子も、うちの子のハチャメチャぶりに、

ちょっと明るくなったかも(笑)

なんて話を聞きました。



お互い、上手く刺激しあって、

共に成長していける関係になれたらいいなぁ

と思います。



ちなみに、1年の秋以降、

薬関係は一切服用していません。






先日、運動会がありました。



特別支援学級の子は、

交流クラスが決まっていて、

そちらのクラスに入って参加する事になりますが、

支援学級の先生が常に見ていてくれます。



うちのも、どちらかと言えば

どちらか、なんて言えないくらいの問題児なので、

もちろん先生が付くのですが…



あれ?

うちのこどこ?



なかなか見つけられない。



先生もいない。



去年は、しゃがんでずっと砂弄りしてるのを見つければ

すぐに何処にいるのか分かったのに。



目立たなくなってる…



そう、普通のクラスにいても、

目立たなくなっているんですよ。



最初から最後まで、

問題行動や、先生方が何とかするという出動もなく、

楽しそうにやってるんですよね。



これには結構びっくりしました。






まあ、元々

嫌だ、やりたくない、行きたくない、

というタイプではなく、



学校行きたい!学童行きたい!

やってみたい!一緒にやりたい!

みんな友達!無視されても嫌がられても友達!

なんで嫌がるの!@$♪¥&♡#☆♂〆ウワァッ~!!

というタイプなんで、



やる気になったことは

めっちゃやってくれます(笑)

面倒臭い事には、切り替えが出来ないのをいいことに

自分からはなかなかやってくれませんが(ーー;



運動神経も、

学年でトップ集団に入るくらいな感じなので、

走るのも速いし、

持久力もあるし、

なわとびなんかも、1年生にして

はやぶさ、後ろ二重、ゼロセンなんて、

回数こそ続きませんが、

数日の練習でヒョイヒョイ出来るようになってました。



でも、おバカなので、

チームプレイは出来ないし、

リレーとか信用度0で選手になれないし、

ドッヂボールは後ろに玉投げるしwww

イノシシか、クレヨンしんちゃんか!?

って感じですからね٩(๑•ㅂ•)۶



運動会の50m走も、

スタートから、ゴールまで、

ずっと横向いて走ってましたね(笑)

本気で走るみんなを見ながら、

追いつかれそうになったらちょっと走る、みたいなww

本気で走れよドルァァッ( ゚Д゚)┌┛Σ( ゚∀゚)・∵



ダンスも、大玉転がしも、

めっちゃ笑顔で、全力でやってました(*´ω`*)

かわいいんだよねぇ~

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お昼のお弁当には、

素麺とフルーツを山盛り持って行って、

流しそうめんマシンを持って行ってwww

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全部食ってくれました!

去年は普通のお弁当作ったら

フルーツ以外何も食べなかったのでil||li_| ̄|○ il||li



持っていく荷物は大変でしたけどね…



素麺、フルーツは当然ながら、

流しそうめんマシン、水2リットル、素麺つゆ、

継ぎ足し用のお茶、自分の飲み物、保冷剤たくさん、

一眼カメラ、ズームレンズ、広角レンズ、

敷物、そして撮影用の3段脚立…

もちろん車ではいけませんよね。

ぜーんぶ1人で、歩きで、

手で持っていきましたよι(`ロ´)ノシャーッ






今年の運動会は、楽しい運動会でした!

息子の成長もしっかり見られて、

沢山の子の、いい笑顔、本気の姿を見れました!






これからも、

やるべきことをやって、

母親がいなくなってしまった悲しみなんて

感じることがないくらいに毎日をちゃんと過ごして、

この子が、しっかりと社会の一員として

活躍していけるよう、

見守っていきたいと思います!

■舌癌38 奇跡を起こさなきゃならないんだよ…!

2017年2月9日



前日の、

舌、及び、右下顎摘出と、

左右頚部の癌転移リンパ切除の手術で、

左頚部の癌が頸動脈に癒着していて、

切除手術自体が行えなかったその後、



私は、ICUに入ることが許され、

昼過ぎ頃から、翌日の朝方まで、

けたたましく警告音が鳴り響く、朝も夜も無い空間で

妻と一晩を過ごした。






首の両側を切っており、

可能な限りの転移リンパを切除しているため、

術後のダメージはそれなりに大きい。



気管切開も行っており、

首と、肋骨上部との間あたりに

穴を開けて、カニューレが差し込まれ、

首に固定されている。



気管切開した場所は、

初めは、血が滲んだり、唾などの水分が

喉に落ちてくるため、

それを出そうとする反射で、

エホン、エホン、と頻繁にむせる。

その度に、気管吸引用のカテーテルを差し込み、

吸引器で吸う。

気管の奥までストローのような管を入れられ、

バキュームで吸われるため、

その度に、苦しい思いをする。






そんな状態で、約18時間。

介抱を続け、後半は少しだけ眠る事も出来るようになり、

2月9日の朝を迎えた。






10時45分

一般病棟個室に移る。






辛さは同じく続いているが、

タンや血でむせて、吸引を繰り返すのはだいぶ落ち着いた。

しかし、3箇所の首周りの切除部が痛い。



まだ、身の起きどころが無い感じで、

頻繁に体を横にしたり、仰向けになったり、

その度に、自力では無理なため、

頭、首の裏側全体を支えるようにして、

体の向きを変えるのを手伝う。






これ、

こんな風に面倒を見れる人がいなかったら、

毎回看護師にお願い出来る回数じゃないし、

そこまで優しくはやって貰えない。

もし、一人になってしまって、

誰も看病してくれる人がいなかったら

どれだけ辛いだろう…



将来、寄り添うひとがいなければ、

必ずそういう時が訪れる。

きっと自分がそうなったら

それはとても辛く、悲しい思いをするだろうな。



だからこそ、

今、寄り添える時に、

少しでも苦しくない生をまっとうするために、

出来ることは全てやってあげたい。

一生を共にする、

いかなる時も相手を思い、助ける事を

約束したのだから…






朝食は、横になったまま

ゼリーをシリンジ(注射器本体)で口に運ぶ事が出来た。



昼は、ベッドを起こせば身を起こしていられたので、

プリン、フローズンヨーグルトを。



食べられる、

という所を見るだけで、

張り詰めていた気持ちが和らぐ。






病院から、夕飯と、明日以降の食事について

相談があったが、

この病院の食事対応は、少々配慮が足りない、

また、動きが遅いと感じる。



用意された食事は普通の食事。



口腔内の手術は今回はしなかった。

しかし、口腔低に穴はあいており、

食べることに対して非常に気も使うし、

普通に食事が出来る、という状態ではない。

しかも術後すぐ。



もう少し食べやすいものに変更して欲しい。

そう伝えて、実際にそれが反映されるのは

翌々日の朝食くらいから。

5~7食後くらいまで待たないと変更されない。

それまでは、食べられない食事をただ出される。



🧑さすがにこれじゃ食べられない。

 せめて嚥下食とか、ミキサー食とか、

 食べられるかどうか様子を見る食事にしてほしい。



食べたくて、食べたくて仕方がない人に、

食べられない食事を出し、

食べられずに悔し涙を流しながら食事を下げる患者に、



「食べないと栄養取れないですよー、

カロリーも計算して出していますから、

しっかり食べて栄養つけないと!」



って…



🧑カロリーって言ったって、

 食べられなきゃ意味無いですよね?

 変更をお願いして、すぐに食事が変わるなら

 何も気にしませんが、

 変更されるまで時間かかりますよね?

 なら、それを踏まえて相談なりしてくれないと…

 食べられないのも悔しいし、

 食べずに捨てるのも勿体ない。

 さすがにもう少し配慮が欲しいです!



食べられない妻の目の前で言われた

配慮のない言葉。



自分も感情的になっていたと思います。

でも、とても悔しかった。

妻の一番の願い、食べて元気になる!

それが出来ない悔しさを、

こんなにも理不尽な言われ方で踏みにじられた事が。






食事は大事な治療のひとつ。



後にわかった事ですが、

普段自分たちが口から食べているものの栄養、

また、それを胃や腸で吸収する力、

それを全身のエネルギー、再生力とする仕組みは、

本当にすごい能力だと感じます。

ほんの少しの食事でも、

多量の高カロリー点滴なんかより

遥かに大きなエネルギーを摂取出来る。



生きるって、食べることなんだ!

と、改めて強く思ったのは、

この時から数ヶ月後の事でした。






また、2月9日~12日まで、

夜間も病室で付き添い出来るよう許可を貰った。



急なお願いだったため、簡易ベッドの用意は

出来なかったようだが、

そんなことは承知の上。



妻が、自力で体を動かせるようになるまで一緒にいて、

看護師にはなかなか言えないワガママを

私が聞いてやりたい。



そして、

これからの事もしっかりと話していきたい。






夜、

妻の両親に看病を頼み、

自分は風呂に入るため一旦帰宅。

病院泊まりの準備をして、すぐに病院に戻る。



病院から仕事へ行き来するため、

明日の仕事着を着て、仕事道具を全て持って、

私服スニーカーも持って病院へ向かう。

明日食べる朝食も買っていった。



病院に着いたのは夜11時をまわっていた。



妻は既に寝ていて、

私も、スーツから私服に着替え、

スーツをハンガーに掛けて、

パイプ椅子にもたれかかり、

しばらく妻の寝顔を見ていた。



苦しそうな顔をしていなかったのが、

せめてもの救いだった。






2月10日



昨晩は、手術直後のような

寝ることも出来ないような状況からはだいぶ改善し、

落ち着いて寝ることが出来ていたが、

まだまだ痛みはあり、

体を動かしたい時には介助が必要。



夜、目が覚めてしまい寝れない時に、

改めて、手術の結果や、今とこれからの状況を話した。



私が決断した未来には、

妻も それでいいよ👍

と手を握ってくれた…






その後、

首に付けられたカニューレのフィルターから

寝息を立てて眠り始めた妻の横で、

パイプ椅子に座り、

手術の事や、これからの治療方針、

先生に聞きたいこと等をスマホにメモをしながら、

朝を迎えた。



朝、7時30分には病院を出ないと

仕事に間に合わないため、

6時頃から買ってきた朝食を食べ、

持ってきたスーツに着替えて、

妻に、 行ってくるね  と、

おでこに手を当てて、

7時過ぎにバタバタと動き始める病棟を後にする。

睡眠時間は…1時間くらいか。



日中、

妻は自力で歩き、

椅子に座って食事をしたという。



トイレにも行き、

オシッコの管も抜けたらしい。



この驚異の回復力と強運で、

抗癌剤による化学療法が効き、

またディズニーに行ける日が来ると、

またあの、あどけない笑顔が見れる日が来ると願って…






私は、また

仕事後一旦家に帰り、

1時間で風呂と洗濯を済ませ、

翌日のスーツを着て、病院へ向かう。



洗濯を日々しないと、

仕事に着ていくシャツや下着も無くなってしまうので…



私服は病院においてあるので、

病院に着いたら、明日の仕事着から私服に着替える。



食事も、病院に着いてから食べる。



そうしないと、妻が起きていられる時間に

病院に着けないから…






仕事と、看病と、

深夜の付き添いで、

寝る時間など無い。



本当ならずっと付き添ってやりたいが、

仕事を辞めたら生活が成り立たない。

妻の治療を続けることも出来なくなる。

息子の生活、将来も巻き添えだ。



休む?

いつまで?



仕事と、闘病と、生活と、

これを全て並び立たせて

毎日を回していくのは、

相当な協力と、理解してくれる人、職場が無ければ

無理だ。



その無理を、

自らの持てる力の全てを超えて、押し通す。






大切な人を守るために、

大切な人から離れて仕事を続けなければならない。

そうしなければ、

大切な人を守ることが出来ないという矛盾。



一言で言うのは簡単だが、

実際にこの状況になった時、

そのやりようの無さに、

想いとは真逆をやらなければならない現実に

絶望する。



仕事が大変、

看病が大変、

そういうことを理解してくれる人はいるが、

本人にしかわからない絶望を理解出来る人は、

絶対にいない。






私も、仕事も生活も目一杯だが、

目一杯を超えて生きている妻に比べれば、

こんなもの、なんて事はない。



今帰ってきた自宅への夜道を、

もう一度スーツを着て駅へ向かう。



家になんていられない。

風呂、洗濯の問題が無ければ、

もう、家に帰る必要もない。






🧑奇跡を起こさなきゃならないんだよ…!






鼓舞するように自分に言い聞かせる。



もう、奇跡でも起きない限り、

妻の回復はありえない。



治る治療は存在しない…



抗癌剤が劇的に効くことはある。

しかし、それだって奇跡的な事だ。

通常は、多少の延命効果や、

進行を和らげることが出来るかどうか、

その程度の効果しか見込めない。



現在の治療技術では、

切るか、

放射線を当ててDNAを破壊するか、

根治を確立出来ている治療はこのあたりしかない。



それが出来ない以上、

治療法は  無い。






妻の命は、



もう、奇跡以外に治療法が無い…






奇跡の起こし方は…わからない。











それがどうした…!!











やるしかないんだよ!!









2月11日



病院付き添い2日目。



起き上がる事、

可能な限り食べることなど、

意欲的に行う。



意外にも回復が早くて驚いた。



癌ではない場所は、

これだけ早く回復し、日常を取り戻していく。



癌さえ取り除く事が出来たら…






妻の様子を、妻を支える仲間に報告する。



🧑おはようございます。

 妻は、自力で体を動かせるようになり、

 痰吸引なども間隔が長くなってきたので、

 よく眠れるようになりました。

 今日は自分の出番も殆ど無く、一緒に寝てました。

 椅子でf(^_^;



何か行動するとき、

先に痛み止をフラッシュしてから行うなど、

コツも掴み始めたので、

何とか一人でも頑張って行けそうだ。






息子が、

お父さんと遊びたい遊びたい!

と暴れ回っているらしいので、

昼から息子を連れて、病院横の交通公園で

自転車の練習をさせにいく。



👦絶対離さないでよ!!!



🧑そんなこと言ったって、

 無理に決まってんだろー!



ストライダーに乗っていた息子は

いとも簡単に補助輪無しの自転車に乗り始め、

猛スピードで加速していく…が、

性格同様、ブレーキってものを知らないので、

そのまま突っ込む、ぶっ倒れる、

その度に、

離すなって言っただろーっ!

と無茶を言う。

息子は体中アザだらけ。



怒ったり、

笑ったり、

中腰で自転車支えながら

何百メートルも走り、

自分も腰がガタガタになりながら、

もーほんと勘弁してくれーっ(#`皿´)💢

とウンザリしながらも、

ハチャメチャな息子を見ながら

幸せな時間を過ごす。






ここに足りないのは…

妻の、お母さんの笑顔だけだ…!!






何がなんでも、妻の笑顔を取り戻したい!



家族の幸せを取り戻したい!!






昨夜、

妻の介助もほとんど必要なかった事から、

夜間の付き添いは一旦終わりにした。



側にいてやりたい、という想いも、

相当な理由がない限り、

病院からしてみれば迷惑な話だ。






👩もう大丈夫だよ。

 ありがとう。

 たまには息子を遊ばせてあげて。

 また、動画で撮って、

 遊んでるところ見せて(๑•ᴗ•๑)






そう、LINEで送られてくる。



妻の言葉のひとつひとつが、

心に染みる。



そして、

その裏に隠れる、言葉にならない想いが、

鋭く心に突き刺さる…






この日、妻と私は、

結婚11年目の結婚記念日を迎えた。

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■漂流14 2019年GW那須高原

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2019年 GW



平成から令和へ元号が変わり、

10連休も重なって、

なんだか年末年始のようなGWでしたが、

皆さんはどのように過ごされましたでしょうか。



前半、後半でだいぶ天候が違ったので、

前半に旅行に行った方は、

雨模様でだいぶ寒く、地域によっては

雪が降った場所もあったようなので

大変な旅行になってしまったかもしれないですね。



後半に旅行に行った方は、

春らしく晴れた日が続き、

良いコンディションで楽しめたんじゃないかと思います。



GWは、いきあたりばったりの旅行は

混雑もあってなかなか難しいですからね。

こればかりは運しかないと思いますが…



うちは見事に快晴3日間で予約していたので

天気に恵まれた旅行となりました(*^ー^)ノ♪






今回の旅先は…那須高原です!ι(`ロ´)ノ三🍆🍆🍆



サムネイルの絵は、

那須高原に伝わる九尾の狐伝説にちなんで

2018年から観光集客の為に那須町で行っている

プロジェクト9b

というイベントのポスターの絵です。




プロジェクト9b

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※ この画像はプロジェクト9bサイトから拝借しました。サイト内に無断利用不可等の記載が無いため利用しましたが、問題があればご連絡下さい。

www.project9b.com



一般社団法人那須町観光協会や、

環境省「国立公園満喫プロジェクト」

漫画家、イラストレーターが

那須高原の魅力を発信するために始めた

VRも利用した新たな観光の取り組みです。



以下、本家サイトの引用です。

“ 『プロジェクト9b』はAR(拡張現実)とモーション動画の技術で世界観を創り、那須の観光情報を発信する新しいプロジェクトです。那須に残る「九尾の狐伝説」をモチーフに、漫画家・イラストレーターとして世界的に著名な姫川明輝(ひめかわ あきら)氏がキャラクターを創作。ボスキャラ『九尾狐(きゅうびぎつね)』と、その9本の尾から生まれたキャラたちが「那須を伝え」「那須を語り」「那須の楽しみを提供」します。 ”



九尾と 9b を掛けているんですね。

デザイン含めて見るとなかなか格好良いですよね(゜▽゜*)

アニメキャラ的なデザインを使ってはいますが、

萌え絵や、美少女擬人化ばかりではなく、

こういったイメージを使った取り組みが増えていけば、

イラストレーターなどの活躍する場も増え、

世界にも良い情報発信が出来る気がします。



とか言いつつ、私は現地に行って初めて

この取り組みに気付いたので、

準備不足でプロジェクト9bのイベントは

まったく体験出来ませんでした。



ですが、

那須高原には九尾の狐伝説がある事は知っており、

息子は妖怪ウォッチのキュウビをよく知っていて、

しかも、オバケは怖い(@_@;)💦

ようなので、九尾の狐をダシに使って

今回の旅行を行く前からワクワクドキドキさせていた

という感じはありました。






という事で、

ここからは私と息子の

2泊3日の那須高原旅行記になりますー🚗💨






5月3日



朝5時

息子をたたき起こして、暖かいスープを飲ませて、

旅行荷物と、朝食のパンを持って、

6時前には那須高原へ向けてレッツゴー!!

現地到着予定は9時前です!



出発15分で高速渋滞にハマる…_:(´ω`」 ∠):_

GW舐めてたよ…

と思ったら朝っぱらから事故渋滞!

1時間以上ノロノロ運転が続いて、

いきなり出足をくじかれます。



8時30分頃、ようやく那須近くまで来て

車が流れ始めました!

と思った矢先、

またまた突然の渋滞(´д`|||)

こんな急な渋滞はきっと…



やっぱり。

すぐ先の所に、

お尻とお顔がクシャクシャになった車が2台。

8人くらいの人が車から降りて、

無残な姿になった愛車の写真とか撮ってたので、

きっと怪我人はいなかったんでしょう。



せっかくの旅行も、事故で全部キャンセルに

なっちゃうんでしょうね。

事故には気を付けないと本当に怖いです。



9時をまわり、

ようやく那須高原に到着しましたが、

今度は下道のメイン通りが大渋滞il||li_| ̄|○ il||liモウイヤ…



きっとここは常に渋滞する道…なんですが、

1時間近く掛かって目的地まで来てみると、

その目の前の道路で、ひっくり返っているワゴンと

警察車両が数台…

また事故かい!

しかも段々酷い事故になってきてるわ(゜ロ゜;



結局、1時間30分くらいの遅れで

ようやく目的地に到着!

まずは…






那須バギーパーク

www.buggy-park.com



6歳から本格バギーに乗れて、

オフロード走行を体験出来るアトラクション。

(身長制限もあるようですが、不安な子には係の人が後ろにのって、アシストする乗り方もあるようです。)

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コースがいつくかあり、

小さい子でも1人で走行出来る砂利道のロングコースと、

大人専用、2人乗り可の本格オフロードコース。

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息子には、1人乗りも含めて

両方やろう!と勧めましたが、



ひとりコワイ(◎-◎;)!



と怯えたため、2人で本格オフロードコースへ。

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だいぶ本格的です。

(砂利のコースを2人乗りで走れるバギーもあるのですが、

故障していて受付していませんでした。)



というか、

いくらオフロードとはいえ、

丸太の階段とか、ひっくり返ったら危ない💦

って、本当の悪路ならきっと走らないと思いますが、

コースに普通にあるので、

本格的というか、それ以上というか。



バイクの2人乗りと同じ状態で乗るので、

シートベルトも無いし、

後ろの人は、一応手で掴める部分がありますが、

踏ん張って落ちないようにするのは自己責任。

下手なジェットコースターより

怖いかもしれません((((;゚Д゚)))))))

(一応、子供向けにタンデムベルトを借りられるので、不安な人は借りましょうね。)



ゆっくり走っても、

下り丸太階段の衝撃でバギーがバウンドするなか、



👦お父さんなんでこれ予約したのー!?

 こわっ!   こわっ!



と叫びながら、必死に手摺にしがみつく息子(笑)

キャーキャー言いながら悪路を走ること

5分くらいで1周終了。



👦なんでこれ選んだの~(笑)

 こわかった~(笑)



なんか嬉しそう(笑)

でも、一人で乗る?と聞くと、



👦やだやだやだやだやだやだ!!



f(^_^;



本当はすぐ隣にある

南ヶ丘牧場で食事でもしながら

時間調整しようと考えていましたが、

那須の下道渋滞の大半はこの南ヶ丘牧場が原因らしく、

入場無料の子供向け施設で、

レストランなどもあるため、

人が殺到するらしいです。



まあ到着も遅れたし、

レストランは爆混みで入れないだろうし、

渋滞も怖いので、

バギーパークにあった出店で

たこ焼き、かき氷を買って食べ、

次の目的地へ!






■空中アスレチックNOZARU (ノザル)

nozaru.net



那須ハイランドパーク隣接の空中アスレチックです。

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以下、本家サイトの引用です。



ノザルについて

“ 『NOZARU』は、那須ハイランドパークのオフィシャルホテル「那須高原TOWAピュアコテージ in NASU HIGHLAND RESORT」の敷地内約25,000㎡の森林と傾斜地を利用した日本最大級規模の空中アスレチック。
那須の森の木々と、元々の地形をそのまま活かし、樹木間にワイヤーロープ等で設置された数々のエレメント(アクティビティ)を、参加者自らが安全器具を操作してクリアしていく巨大「樹上アスレチック」です。
地上10mを超える木の上から、動物や鳥とおなじ目線で森に親しみながら、アドベンチャーを「より身近に」「より安全に」「非日常」を体験でき、子供から大人まで「スリル」と「興奮」が楽しめる新感覚アトラクションです。

※Association for Challenge Course Technology(チャレンジコース技術協会:本部アメリカ)の厳しい基準のもと、株式会社プロジェクトアドベンチャーが、コースの設計・施工を行っています。 ”



ネットで参加時間を予約出来るのですが、

混む日は、予約しておかないと

利用することも出来ない感じでした。



お客さんはパラパラと来るのですが、

予約無しの人は

夜18時以降まで待って頂ければ…

と言われて、渋々帰っていく人が沢山いました。






コースは、

身長130cm以上の子からはノザルコースという、

地上10mくらいの木の上のアスレチックが出来るのですが、

身長110~129cmくらいの子はコザルコースという、

地上2~5mくらいの少しコンパクトなコースを楽しめます。

コザルコースは、大人も参加出来るので、

息子と私と2人で参加。



まずはプレスクールといって、

命綱の使い方を教わります。

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この命綱がよく出来ていて、

1つのコースの最初と最後しか外せる場所が無いため、

何があっても安全に楽しめる代わりに、

途中リタイアは絶対出来ないという、

良い意味で子供の根性を鍛えるスパルタアスレチック

になっています。

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コザル用の命綱と、ノザル用命綱は違うみたいです。

ノザル用は、カラビナ2つを使うものみたいです。



命綱は、それ自体がターザンロープにもなる。

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入場から3時間は、

何回でも好きなコースを楽しめるのですが、

息子はここでも、



👦おとーさん何でこれ予約したのー!?

 もうやだよ~(笑)

 1人でも出来ちゃう!(嬉しそう)

 俺はやる時にはやれる男なんだ!(独り言)



と、何かを猛アピールしながら

ずんずん1人で進んで、

怖がりもせずに全てのコースをペロッと

終わらせてしまいました。



私は、小さい子用に作られた窮屈なアスレチックに

悪戦苦闘しながら、息子の写真を撮るのに精一杯で、

一緒に楽しむ時間が無く…



しかも、スマホは落下防止のために、

防水ケースのようなものに入れ、

安全ベルトに結ばれており、

しかもゴム手袋着用必須のため指先で操作が出来ず、

指をまげて、指の背で防水ケースの上から操作なので、

なかなか写真も撮れず…

自分もアスレチックをクリアしながら、

他の人に迷惑にならないように息子の写真を撮るのは

相当大変でした╭(๐_๐;)╮



もう一周して、息子と一緒に楽しみたかったのですが、



👦もうやらない。



とあっさり終了(笑)

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少し早かったのですが、

今夜のホテルで混む前に温泉を楽しみたいと思ったので、

早めにホテルへ向かいました。






■ホテルサンバレー那須

www.nasu3800.co.jp



1日目のお宿です。

いくつかの建物、宿泊施設が集まって、

大きな複合施設のようなホテルになっています。

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※ マップ画像は本家サイトから拝借しました。



建物毎、部屋毎にお値段も、内容もまったく異なり、

スイートルーム的な部屋から、

離れ、コテージ、ビジネスホテル的な部屋まで。



うちは、予約が遅くて良い部屋か取れなかったため、

ビジネスホテル風のアネックス館でした。

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このホテルは、

お風呂と、食事はだいぶ良かったですよ。



風呂は大浴場、露天風呂がいくつかの施設にあり、

スーパー銭湯くらいの施設が

3つくらい別々にあるような感じになっています。

3泊くらいしないと全てのお風呂に行けないですね。



以下はいくつかあるお風呂のうちの1つ、

湯遊天国と、

そこから直接繋がっているプールのマップです。

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※ マップ画像は本家サイトから拝借しました。



さすがにプールはまだ寒いので行きませんでしたが、

夜、夕飯時でも入ってる人がいました。

いくら温水とはいえ、山の気候なので

朝夜は相当冷えますが…露天風呂と同じと思えば

まあ大丈夫なのかな(´・ω・`)



↓は、展望レストランから見えたプール。

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食事は息子の大好きなマグロが食べ放題で大満足😊💕

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私は、息子が食べそうなものも取ってきたんですが、

マグロオンリーで、こちらはまったく食べず。

完全に食べ過ぎました(。>д<)

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夜には庭にこんなイルミネーションも。

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食事の前の17時頃にお風呂に入ったので、

混雑もなく、バチャバチャ暴れ気味な息子とでも

色々なお風呂を楽しめました。

ただ、硫黄全開のお風呂は



👦くさっ!たまごの腐った匂いする!



と言って、長湯出来ませんでした(ノ_・。)

っていうか、たまごの腐ったものを

見たことも嗅いだことも無いくせに、

教えたことも無いのに、

よくその言葉が出てくるなぁと、感心しましたよ。



翌朝は、出発が早いため、

出発の準備を済ませてから就寝。






5月4日



那須ロープウェイ那須山(茶臼岳)

www.nasu-ropeway.jp



標高1915mの那須を代表する茶臼岳への登山のため、

朝早くからロープウェイ乗り場へ向かいます。



那須ロープウェイ乗り場にある駐車場は、

あまり台数が停められず、

混雑時は朝8時過ぎには満車になってしまうらしく。

ホテルを7時30分頃に出たのでは間に合わない!

つまり、

7時からの朝食を待っていたら間に合わない!



朝食を食べずに行くしかない…

と思っていましたが、

ホテルフロントに聞くと、

混雑しているので、朝食は6時30分から出来ますよ。

との情報が!



ラッキー!

ちゃんとご飯を食べて、7時過ぎには出発出来ました!



美味しいご飯をしっかり食べて、

息子はまた朝からマグロ食って(笑)

那須ロープウェイの駐車場へ向かいます。



到着!

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7時45分くらいには着きましたが、

まだだいぶ空いていました。

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那須岳を見るとまだ残雪が処々に。



一応2000m級の山なんで、

山頂近くはだいぶ寒い筈です。

山を歩けば汗もかきますが、

風が冷たく直ぐに体が冷えるため、

装備に注意しなければいけません。

場合によっては、ロープウェイが停止し

自力下山も必要になる場合があるため、

それなりの防寒具、飲み物、食料も必ず用意します。



山登り時の服装は、

汗を発汗させやすく、かつ、熱を逃しにくい服に、

軽めのウィンドブレーカーで動きやすく、

万が一の雨でもあまり水を吸いにくい素材の服で

変わりやすい山の気候に耐えられるようにしましょう。



ロープウェイは、朝からだいぶ混んでいた為か、

30分も早く運行開始してくれました!

しかも、始発に乗れましたよ!



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ロープウェイを1番乗りで降りて、

まだ誰も歩いていない今日の登山の先頭集団として

いざ出発!



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だいぶゴツゴツした、急勾配な岩山を

ガツガツと登って行きます。

後ろを見ると、先頭を行く私たちを追い掛けるように

沢山の登山者が登ってきます。

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結構なペースで登る息子。

疲れるからゆっくり\(゜o゜;)/

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山頂まであと少し!

鳥居が見えてきました!



登頂!

1,915mを制覇しました~ヾ(@゜▽゜@)ノ

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天候に恵まれて、

終始絶景の中、楽しく登山出来ました♪

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頑張って同じ時間を掛けて下山してくると、

駐車場はこの有様。

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ちなみに、これだけの晴天でも、

下山途中に真っ黒な雲に覆われて、

風が強くなり、白い息が出そうなくらい

寒くなる瞬間がありましたが、

5分くらいで雲がはれ、陽が出てきたので

本当に運が良かったです。

山の天気は本当に侮れない。

全ては、自然を舐めて掛からない必要十分な

準備が必要ですね。

今回は私も息子も、重いリュックをしょって

登りましたよ。



いや、それにしても、

普段のワガママ放題な息子とは思えない程の根性。

目標を与えると頑張れる所は、

息子の最大の可能性がある部分ですね!






■つつじ吊り橋

www.nasu-ropeway.jp

車で下山途中に、

つつじ吊り橋という

結構な大きさの吊り橋があるので、

そこにも立ち寄りました。



なかなか迫力ある橋です。

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足元は、編み編みの側溝のフタのようになっていて、

谷の底が見えます。



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下を見ると、川と、

使われている形跡の無い橋が見えますね。



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走る息子(笑)

揺れるのは怖くないみたいです。






■九尾の狐伝説 殺生石

icotto-jp.cdn.ampproject.org



つつじ吊り橋から少し山道を下ると、

突如、周囲の景色がそこだけ違う異様な空間があります。

那須高原の温泉の元、硫黄が吹き出す地、

いわゆる地獄谷。

そこに殺生石はあります。

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殺生石の手前には、

君が代 で有名な さざれ石 がある

温泉神社があります。

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(後で知ったのですが、さざれ石って結構色々なところにあるみたいですね。)



温泉神社は、 那須与一 という弓の名手と深い関わりがあり、

那須与一は、平家物語の中で、

遠く離れた扇子をいとも容易く射抜いたとして語られる、

源頼朝に仕えた弓の名手です。



与一の弓

と聞くとわかる方もいると思いますが、

FFなどのゲームの世界でも、

最強の弓の1つとして、

その名前が登場する事もある有名人。



ちなみに温泉神社には何本もの鳥居があり、

そのうちの3番目の鳥居は、

那須与一が奉納したらしいですよ。



実は、与一が活躍した 屋島の戦い は、

ヤシマの戦い

ヤシマ作戦

と、あのエヴァンゲリオンで日本中の電気を1点に集め、

ポジトロンライフルで使徒を超長距離で撃ち抜くシーンも

この那須与一の扇を撃ち抜く話からきているとされているようです。

dic.nicovideo.jp



温泉神社だけても、このバックグラウンドの厚み。

那須高原の魅力は、歴史を辿る事で更に深まります。

大人も子供も、ただ景色を見る旅行で終わらず、

自分の好きな世界に想いを馳せる、

ワクワクする旅になりますよね!



私達も、まずは温泉神社から参拝し、

その境内の横を抜けると、

その奥に突如広がる不毛の地。

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そこへ向かおうとすると、

晴天の空から降り始めた大粒の雨。

狐の嫁入り…ฅ^•ﻌ•^ฅ

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地面は濡れていますが、空は晴れています!



九尾の狐を封印する地で

狐の嫁入りに遭遇するなんて、

九尾の呪いか、

幸運の兆しか、

たとえ望んでも滅多に体験出来ない、

極めて貴重な体験です。



暫く雨宿りをさせてもらい、

5分程で雨が止んだところで

神社のある高台から

殺生石のある谷におりて行きます。

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硫黄の匂いが強く、

ここでも



👦くさっ!たまごの腐った匂いがする!



(笑)

でもここでは九尾の狐の興味の方が上回り、

帰ろう!

とは言わなかったですね。



この硫黄が吹き出す地の一番奥。

急な山肌に殺生石はあります。

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しめ縄が掛けられている岩、わかりますか?

これが、九尾の狐が追い詰められ、

最後に姿を変えた毒石だと言われています。



九尾の狐の伝説は、日本だけでなく、

中国にも伝わる話があり、

その内容は諸説ありますが、

基本的には、

人間に化けて悪さをする妖怪

として語られます。



九尾の狐が、人の姿に化けている時は、

絶世の美女であったとされ、

その名は たまものまえ (玉藻前) と言われました。

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※ 画像はWikipediaより。



玉藻前なんて、大人でも知らない人が多そうですが、

妖怪ウォッチに詳しい子供に話したら

食いついてくるんじゃないですかね。

2018年末頃にやっていた映画

妖怪ウォッチ フォーエバーフレンズ

で、人の魂を食らう悪役として

ブルゾンちえみが声優をやっていたキャラクターが

玉藻前でした。

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※ 画像は妖怪ウォッチForeverFriendsの本家サイトより。



この玉藻前、いや、九尾の狐の術を見破り、

那須のこの地に封印したとされるのが、

陰陽師 安倍晴明の血筋とされる、

阿部泰成 という人物です。



九尾の狐は、毒石に姿を変え、

そこに近づく全ての生き物を呪い殺したと言われており、

その逸話は、かの俳人 松尾芭蕉 もこのように記録を残しています。



殺生石は温泉の出づる山陰にあり。石の毒気いまだ滅びず、蜂蝶のたぐひ 真砂の色の見えぬほど重なり死す。」



九尾の狐の化身、殺生石の毒気は凄まじく、

地面が見えなくなるほど、周囲の生き物が死に、

折り重なっていた。



という事ですね。



九尾の狐の伝説って凄くないですか!?

ここまで有名人が勢揃いの伝説って、

他になかなか無いですよね。



そして、キュウビ と言えば

子供も知っている狐の妖怪。



もうこれだけで、大人も子供も楽しめる

凄い観光地だと思います。






ちなみに、山道の途中にあった展望台からの

ドローン空撮動画の一部。

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殺生石から那須高原のやや山の上側が一望です!



那須町は、第三者のご迷惑にならないように配慮し、

管理地上空を無断で飛ばす事がなければ、

また、航空法を遵守して安全に飛行させることが出来るなら、

特に飛行許可を取る必要無く、ドローンを飛行させてよい

と、行政サイトに出ていましたので、

安全に配慮してフライトさせて頂きました。

www.town.nasu.lg.jp





お昼になりましたので昼食!

ですが、ここではあえてレストランに行かず。

それは…






那須ラスクテラス

www.nasu-rusk.com



何よりも、これですよ。

※ 画像は本家サイトから拝借しました。

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しかも、この価格!

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山登りで疲れた体に染み渡ります!

コーヒーも飲み放題です。

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👦💡僕わかった!!

 先にチョコを敷いてから、アイス入れて、

 上からチョコかければいいんだ!

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スプレーチョコかけ過ぎ(笑)



私が、バニラジェラートに抹茶ソースで

(*´ω`*)和んでいると、



👦お父さんもチョコかけて。

 チョコかけないと本気で怒るよ。

 チョコかけないと本気で怒るよ!



抹茶アイスにスプレーチョコとか勘弁して下さい…



でも、やらないとうるさいので、

カラフルなスプレーチョコを

深緑のジェラートの上にかけてきました。



👦どう?おいしい?



🧑………

 なんていうか、

 …USAの味ԅ(,,´﹃`,,*ԅ)



わかります?

甘渋くて、

砂糖菓子のようなスプレーチョコが混ざった味。

しかも蛍光色バリバリの。



アメリカ様のお菓子の味がします!

2人で大爆笑(笑)



👦U. S. A.! U. S. A.!

 デデデーン デーデデデ デデデーン デーデデデ!

 カーモンベイビー ア メ リ カ !!


うるせーよやめてくれ(笑)

頼むから観光地の混み合う店の中で

大声で歌わないで┌(`Д´)ノ)゚∀゚)イエス!



結局、4杯ジェラート食べて昼飯にしちゃいました✨






■ワールドモンキーパーク

www.nasumonkey.com



色々なお猿さんと、

象さんが見れる動物園です。

猿の曲芸もやってます。



象に乗れるアトラクションは行列になっていましたが、

息子は猿と象に一切興味無し。



目的は インコ。

インコを手に乗せて、餌やりがしたかったんです。

しかし、到着時には既にエサ終了。

インコ遊び出来ず…

ショックのあまり、写真を撮るのを忘れました(´д`|||)



で、他の幼稚園児くらいの子と

シャボン玉製造機の前で走り回る2年生(笑)

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モルモットのふれあいコーナーで餌やりしたあと、

奥の方まで行ってみると、孔雀発見!

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👦クジャクってなんでこうなるの?



🧑オレマジかっけーだろ?

 見ろよこれ、俺様スゲー︎︎︎︎︎︎⤴︎︎︎⤴✨

 って、周りの女の子に見せてるのよ。



👦ふーん

 クジャクかっけー!



孔雀は、どの子にも見向きされず、

そのうちそっと羽根を閉じて



あれ、俺なにやってんだろ…(´・ω・`)ショボ



的な感じになってましたが(笑)



珍しい純白の孔雀もいました!

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この後、

暫くゆっくり休憩して、

近くの生パスタ屋で夕飯を食べて、

2日目のお宿に向かいました。






■nasu. aya-na

aya-na.jimdo.com



必死で探した2泊目のお宿です。

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土日しかやっていませんが、

昼間は焼き立てワッフルのカフェ、

夜はペンション、

朝食に焼き立てワッフルとドリンクの朝食付き!

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1日に、2組くらいしか宿泊出来ない

激レアなカフェペンションです。



いや、ここは本当に素晴らしかった!✨



とても綺麗に作られたログハウスのような作りで、

木の温もりに包まれるような家。

部屋もこんな感じで、

4万以上取られたホテルなんか

比べ物にならないくらい広く、

何より素敵過ぎる゚+.゚(´▽`人)゚+.゚

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飾られている色々な飾りや、小物、絵など、

全てが初めて見るものばかりで、

多分、オーナーさんの手作りか、

1点ものが多いんじゃないかと思います。

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到着してすぐに、

エスプレッソのシングルショットをサーブ頂けたのも、

コーヒー好きな私としては嬉しい(*^_^*)



その間、息子は

置いてあった知恵の輪的なおもちゃに夢中。

オーナーさんは、扱いが難しい息子の相手をしてくれて

とても慣れている風。



息子の事をお話してみると、

どうやら、凸凹発達の事について

ご理解のある方、知識、経験のある方の様子!



これは助かりました(ง •̀ω•́)ง✨



なかなか話が終わらなかったり、

区切りを付けるのが苦手だったり、

指示されたことが直ぐには聞けない息子ですが、

上手く話を拾いつつ、

気持ちの切り替えを待ち、

自分から興味を持って次の行動が出来るように

柔らかく誘導してくれる。

経歴はお聞きしていませんが、

その手のお仕事をされているプロの方と変わりない対応。

会ってすぐ、特徴を見なくても

私からの一言だけでこの対応が出来る人は

そうそういないと思います。



まさかこんな所で素晴らしい出会いがあるなんて!



息子も、一瞬でオーナーを気に入ってしまい、

何か事あるごとに、



👦下いってみる!まだいるかなぁ?



と、仕事の邪魔をしに行こうとするので、

息子の気分を損ね無いよう、

でも、好きでも、そこまでしつこくするのは良くないこと

という事を分かってもらうのに苦労しましたf(^_^;



翌朝、

早く出発して行きたいところがある事を伝えると、

朝食の時間を調節してくれたオーナー。



焼き立てのワッフルを召し上がって頂きたい、

というお心遣いで、

食事の時間、出発の時間を細かく確認頂き、

席に着いた時に、

焼き立てワッフルとドリンクがサーブされてきます。

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これほんと美味しかった!

そしてデカかった(笑)食パンサイズですΨ( ̄∇ ̄)Ψ



コーヒーも、好みにあわせたメニューがいくつかあり、

選ぶ事が出来ます。

息子には牛乳を出してくれました!

フルーツのジュースなんかも選べるみたいですね!



早く食べて、早く出発しないといけなかったのですが、

息子は、同じ日に宿泊していた他の家族のお子さんと

お友達に(*´ω`*)

遊びに夢中で、声を掛けても反応しない息子も、

オーナーの優しい呼び掛けには素直に反応し、



👦早く行かなきゃ!

 おとうさんいそいでーっ!!



いや、さっきまで早く行こうよって

言ってたんですが…(#`皿´)



オーナーと慌ただしく ハイタッチ して、



👦またくるねー!

 ワッフルおいしかったー!

 じゃあねーバイバイー!



と上機嫌で、

30分遅れで(@_@;)出発…



もう少しゆっくりオーナーとお話出来たら

よかったな~と後ろ髪引かれながらも、

息子に急かされて、車に乗り込みました。



引かれる後ろ髪どころか、

髪自体無くなってきていますけどね!┏Ο✨



nasu. aya-na オーナーさん。

とても素敵な1日を過ごさせて頂き、

本当にありがとうございました。

また那須に行く時は立ち寄らせて頂きます!

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5月5日



旅行最終日です。

nasu. aya-naを出発して向かうは、

今回息子が一番楽しみにしていた

宝探しアトラクションのトレジャーストーンパーク。

www.treasurestonepark.com



川の砂の中や、

地下の砂を掘って、

宝石を見つけるんです!

そして、全て持ち帰れるのです!✨

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地下は、参加者ごとに掘れる範囲が決められていますが、

大きな宝石がゴロゴロ出てくるので、

確実に大物がゲット出来ますが、



川は、掘れる範囲が広く、場所取りも自由で、

人がうじゃうじゃいるので、

良い石を取るのはなかなか難しい。

しかも石が小粒なのです。

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ですが、

川には… 伝説の鍵 が埋まっているのです!



伝説の鍵を見付けると、

大人の拳くらいの水晶原石と交換して貰えます!

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ただし、気を付けないといけないのが、

鍵探しに夢中になって、川に落ちてしまうと…

“伝説の人” としてトレジャーストーンパークに

語り継がれてしまいます(笑)

いつからのカウントか分かりませんが、

伝説の人 70人 って札が立てられていました(笑)

写真撮り忘れた💦



地下への道はだいぶ本格的です!

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息子が地下で掘り当てた宝石の数々。

でかい水晶ありました!

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ここは子供だけじゃなく、

大人も確実に夢中になれます✨






ただ、注意が必要なのは、

地下発掘の方の受付時間と、待ち時間。



ディズニーシーのトイストーリーマニアと

まったく変わらない混み具合と、待ち時間

と思ってください。



営業開始は10:00からです。



川の方は回転が早いので、どの時間帯も

平均30分~60分待ちくらいで入れそうですが、

地下は、11:00頃には受付終了してしまいます。



11:00に受付終了ということは、

9時30分頃に到着した人が、

最終受付にギリギリ間に合うくらいです。

(この時間に到着すると、駐車場がいっぱいで

入りたくても入れないかもしれないです…)



その時間だと、受付までに1時間以上は

掛かると思います。

で、最終受付の人は、

夕方17時頃の入場ですので、

更に5時間くらいの待ちが発生します。



施設内のみ呼び出し放送がはいりますが、

メールや電話での呼び出しはありません。



外出してもokですが、

戻ってきた時に駐車場の空き無しで、

お父さんだけは車で待ってて!

なんて事もあるようです。






私の時は、8時前くらいに到着して

正面駐車場がいっぱいで、

裏の第2駐車場に回されました。



で、少しの列が出来ていたのですが、

受付開始まで、まだ2時間も並んで待つのか…

と思っていましたが、

8:30頃から

「準備出来次第、早めに開場します!」

と放送が入り、

9時くらいから受付開始、

すぐに営業開始となりました。

凄い混雑日だったんでしょうね。



でも、地下の待ち時間は

その時点でも2時間と言われ、

実際には、1時間45分くらいで入れました。





その間の待ち時間は、

川を2回やります!

と、あらかじめ支払ってしまい、

好きなタイミングで2回川を楽しめるようにしました。

じゃないと、また受付の列に並ばないとダメ

になってしまうので。



川1回で、待ち時間含めて

35分くらいは掛かるので、

途中休憩入れて、1時間45分待ちが

ちょうどいいくらいでした。



この辺の時間の感覚は、

ディズニーでの経験が良く役に立ちました٩( 'ω' )و






那須フィッシュランド

nasufish.com



今回の旅行最後のイベント

釣り です!

ニジマス、ヤマメ、イワナなどが釣れます。



生け簀のように区切られた初心者用や、

渓流風にされた中級者向け、

本格的なルアーフィッシングが楽しめる上級向け

に別れて釣ることが出来ます。

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バーベキュー場も目の前、

釣った魚の調理もその場でやってくれます。

塩焼きや、唐揚げなんかがありますよ。



魚は全て持ち帰り可。リリースは禁止。

持ち帰れない方も、調理の所で不要と伝えれば

全て無料で引き取ってくれますので、

釣りだけ楽しむ、でも大丈夫です!



ここもだいぶ人気のスポットで、

待ち時間が長かったですが、

40分くらいの並びで竿とエサを貰います。



エサはイクラを頼みましたが、

ぶどう虫がよく釣れるらしく、

気前の良い係のおじさんが、

何びきかぶどう虫をくれて、

釣り方を教えてくれました。



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初めての釣りにドキドキする息子。



待つことが苦手なADHD持ちですので、

全部お父さんがやって!

と言われるかと思いましたが、

1度やり方を教えると、

良いところに餌を落として、じっと待つ息子。

ついには…



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最初から最後まで、1人で釣り切った!

と喜んでいた所をパシャリ!

の瞬間に、糸を切られて魚が落ちてしまいました…

ざんねん(๑˘・з・˘)



釣ったニジマスを唐揚げにして貰うのに、

並びの列と、調理時間で45分くらい掛かりました。

結局お昼ご飯が2時30分頃に。

この、釣った後の時間がもう少し早いと

利用しやすい感じですね。

釣り場としてはきっといい所なんだと思います。






■帰宅

那須フィッシュランドを出たのが15時頃で、

帰宅が20時でした。

渋滞ピーク日で、運転はだいぶ大変でしたが、

後半は意外とスイスイで助かりました。









こんな感じで終わった今回の那須高原

2泊3日の父子旅行、本当に楽しかったです。



息子も終始笑顔で、

大きなトラブル無く、

体調を崩すことも無く、

良い思い出、経験になっていてくれたら

嬉しいですね。






なにやら、巷では

10連休なんていらない!

旦那が家でゴロゴロして何もせず、

毎食食事の準備ばかりさせられ、

ママ友の付き合いに神経をすり減らし、

地獄だった!

なんてニュースや、ツイートが多いと目にしましたが。



まあ…

そんな不平不満ばかりいってると、

ゴロゴロしている方も、

不満ばかり口にしている方も、

誰からも見向きされなくなっちゃいますよ(´・ω・`)



自分から動けばいいんです。

そうなるのが嫌なら、

自分から動いて、

自分で考え、

自分の意思で行動を決めるしかないです。



うちは、

日頃休憩の時間も無い中、

何度も挫折しそうになった旅行を

何とか計画し、

成功させようと、本気で努力しました。



ようやく休みに入って、

本当なら日頃の疲れを取りたいところですが、

前半2日は仕事もあり、

中盤は悪天候の中、毎日子供の面倒を見て、

飽きないように遊ばせ、発散させ、

毎日、毎食食事の準備をして、

それから後半3日間旅行に行って、

車の運転も、荷物運びも、全部一人でやり、

本当に、大変でしたけども

楽しい10連休を過ごせました。



気持ちが清々しければ、

体の疲れなんて知らないうちに

消えて無くなりますよ٩( 'ω' )و


ダメなのは、

気持ちが荒んでいる状態。

いくら体を休めていても、

気持ちが楽しくなければ、

何も発散は出来ないと思います。



自分から何をやろう、こうしよう、って

無い時間の中で、子育ての中で考え、

行動に移す実行力がなければ、

やっぱり楽しいことって掴んでいくこと出来ないですよ。



10連休自体が無かった方もいらっしゃるなか、

10連休しておきながら

不平不満言って毒まき散らしてる人は、

もうちょっと、自分の生き方に目標を持って、

自分から考え、動くようにしてみませんか?



世の中には、

人の力を借りたくても、借りられずに

必死で生きている人たちもいます。



それでも、幸せになろうと

必死に生活しています。



やろうと思えば出来る環境、人がいる中で、

やる事をやらずして、

良い思いだけしようなんて、

文句言ってる方も、言われてる方も、

ただ、だらしないだけだと思います。



んー

最後の話は余計だったかもしれませんが、

なんと言っても結果がすべて。

不満なんて言ってる暇が無いくらいの

生活環境になったら、

本当の楽しみって、どうやって手に入れるのか

分かるのかもしれないですね。



ともかく、

10連休楽しかった!ヽ(*゚∀゚*)ノ

■舌癌37 急転直下

2017年2月7日



昨年末から予定されていた

舌癌、口腔低転移癌の切除手術。



年明けから1ヶ月間、

TS-1、ネダプラチン、ドセタキセルの3剤による

抗癌剤フルドーズの化学療法を行い、

aegis-pilebunker.hateblo.jp




少しでも癌の拡張や、活発な動きを止め、

手術、切除時にしっかりと癌を全て囲った状態で

切除出来るように準備をしてきた。



しかし、この1ヶ月の経過を見る限り、

顎の下の腫瘍は増大し、

頚部リンパへの更なる転移を起こし、

とても抗癌剤が効いていたとは言い難い

病状の進行が素人目にも見て取れる状況。



それなのに、

副作用だけはしっかりと現れ、

特にネダプラチンの投与後は

辛い吐き気に何度か襲われ、

何も食べられず、胃液を吐くような状況が

2日ほど続いた事もあった。



しかし、

1クール目後半の休薬期間、1月末頃は、

ブログでも記事にしていった通り、

妻はいつもの調子を取り戻し、

外出許可を取って、ディズニーに遊びに行ったり、

食事をしたりと、



手術で体が辛くなる前に、

できる限りの楽しみを1つずつクリアしていき、

私も妻との大切な時間を重ねていくことが出来た。



実は外泊の直前には、白血球が異常に減少し、

骨髄抑制の副作用も強く現れていたが、

翌日には回復し、無事外泊の許可が貰えた

という経緯もあった。



そんな綱渡りもありつつ、

無事に抗癌剤副作用を乗り越えて迎えた手術前日。



主治医から、手術に関して最終説明を受けます。









🏥全身の精密検査では、遠隔転移の所見無し。



 麻酔の管を口から入れて全身麻酔を掛けると、

 顎の穴から麻酔が漏れてしまい、

 正確な麻酔量が分からなくなるため、

 気管切開を先に行い、

 確保した気道から全身麻酔を行い、手術に入ります。



 気管切開は、首周りの大掛かりな手術時の

 首周辺の腫れ、浮腫などによる

 気管の圧迫、窒息に対する対策にもなります。



 声帯の下に気道を確保しますので、

 口や鼻に空気が抜けなくなり、

 声が出せなくなります。

 また、タンの排出も咳き込むことは出来ますが、

 自力での排出が困難になりますので、

 吸引器を使って気道確保した穴からカテーテルを入れ、

 タンの吸引が必要になります。

 必要な場合はナースコールして頂ければ

 都度、看護師が行いますので安心してください。



 また、気管切開されている間は、

 基本入浴出来ません。

 気道に水が入ると、自力で排出出来ず溺れます。

 入浴に関しては、状態が落ち着いた後に

 入り方等を指導しますので、それまでお待ち下さい。



 今後の抗癌剤治療、および、栄養補給のため、

 太い静脈(中心静脈)への点滴が出来るよう、

 皮下埋め込み型ポート(CVポート)を埋め込みます。

 これにより、皮膚のすぐ下に埋設したポートに

 点滴針を刺すだけで、強い抗癌剤の投与や、

 高カロリー点滴を流す事が出来るようになるため、

 しばらくの間飲食が出来なくても、

 生きていくために必要なカロリーを摂取出来るようにもなります。



皮下埋め込み型ポート
ganjoho.jp



 癌の切除に関してですが、

 先日見つかった左の頚部リンパ節への転移が、

 頸動脈に癒着しているように見えます。

 非常に近い位置で、血管を押しているように見え、

 密着している状態です。






🧑ん、なに?






🏥左の頸動脈に癌がかじりついています。

 癌が血管に癒着していなければ、

 血管から癌を剥がす事が出来るかもしれませんが、

 もし癒着していた場合、

 無理やり剥がすと頸動脈がやぶれ、

 手術中に大出血を起こして、

 脳梗塞脳死、最悪は術中死亡の可能性があります。






🧑……その癌は取り除けない、という事ですか?



妻は、私の横で

感情を無くした人形のように1点を見つめたまま

何の反応も示さない。

この報告も前日には一人で聞いていた可能性がある。



ドクン!

と、心臓が強く打ち、息がしにくくなる。

心拍は上がらないが、

一拍、一拍、心臓を握りつぶされているような

むせるような息苦しさが襲ってくる。



直感的にこの先の話の流れが

全て組み立てられるように

頭の中に次々に流れ込んでくる。



🧑バイパスとか、人工血管とか、

動脈ごと切って、置き換える事は出来ないんですか!?

前に右頚部の手術したときに

人工血管に変えてるじゃないですか!



(前回は、脳から帰ってくる静脈をバイパスしており、動脈ではないが、この時の私はそれに気付いていません。後で調べた事ですが、動脈をバイパスする方法は無いようです。

兵庫医科大学脳神経外科の先生のサイトが、頚動脈に出来る治療方法について説明しており、非常にわかりやすいです。)

www.e-oishasan.net






🏥頸動脈は、心臓から脳へ血液を送っている血管で、

 非常に高い圧が掛かっており、

 血管も太く弾力があり、他のもので置き換えたり、

 バイパスなんて事は出来ないですよ。

 数分血流を止めただけで脳梗塞

 脳死してしまうので、血流も止められません。



 昔は頸動脈のバイパスなんかをやったケースが

 あるかもしれないですが、

 どれも成功している例は聞かないですね…

 我々医師は、実績のある方法があればいいですが、

 実績のない手術は出来ません。



 ただ、実際の状態は切って開けてみなければ

 分かりませんので、

 癌を残さず取れるようであればそれは取ります。

 しかし、どうしても切れない状況だった時は、

 その時点で傷を塞ぎ、撤退します。



 その際は、顎を切除する事も中止します。

 結局、癌が取り切れない状況で大きく切除をしても、

 その傷にすぐに癌が転移し、収集がつかなくなる。

 顎を切った所に癌が広がれば、

 切除部すべての傷が癒える事無く、

 喉まで見えるような大穴が開いたままの状態で

 苦しみ続けながら、

 命が尽きるまでただ待つしか無くなります。

 いくらなんでも、そういう結果は

 本人も、ご家族も、望んではいないのではないですか?






🧑………



何も言えないが、



納得していない訳じゃない。



顎が無く、



癌も治らず、



既に開いている顎下の癌と同じような状態が



顎が無く、喉まで見えてしまうような状態の



その周辺が全て癌に侵されて、



それでも死ぬに死ねない妻の姿、気持ちが



一気に押し寄せてくる。



そんな状態で懇願するような目で助けを求める妻に



私は、何をしてやれるんだろう…



いくら、助かる可能性を求めて、と言う理由でも、



出来ること全てをやろうとすることが



本当に幸せな事かどうか、



治療、という範疇を超えて考えなければならない岐路に



今、突然立たされた。






どう死ぬか。






1番の幸せを目指すために、



どう死ぬか?



を考えなければならなくなる。



死の瞬間に向けて、



どう、辛くないこれからを組み立てるか、



本人の辛さにとっても、



それを受け止める私自身にとっても、



どれだけの辛さを回避して、



しかし、確実に、



出来る限り幸せな死を迎える為に。






もう、じたばたしないで、覚悟を決めなさい。






そう言われている気がした。






🧑まずは、最後まで話を進めましょう…






🏥手術不能の確率は、50%以上だと思ってください。

非常に厳しい状態だと思います。



予定どおりであれば9時間~11時間くらいの

手術になる見込みですが、

撤退する場合は、

可能な限り予後を良くする為の切除等だけ行い、

2時間くらいで終わる可能性があります。



もし手術が出来ない場合、

分子標的薬セツキシマブを使って、

全ての癌を小さくする事が出来たら、

頸動脈の癌は、サイバーナイフで焼き切る事が

出来るかもしれない。



そこまで抗がん剤の効果が出れば、

顎の下も縮小が望めるだろうから、

そうなれば、改めて顎切除も含めて

予定していた手術が出来るようになるかもしれない。





🧑それは そうかもしれないですね…

もし、今のまま癌が進行したら、

どういう状態になる事が考えられますか?






🏥このまま癌が進行すれば、

 口腔低癌の進行により頚部が圧迫されて、

 気管切開していなければ息が出来なくなる。

 次に動脈圧迫による脳への血流不足で、

 脳梗塞が起きる可能性。

 もしくは癌が動脈をやぶり、大量出血による失血死。

 という結果が想定されます。






手術が出来なければ、

抗がん剤を続けながら、

これら致命的な症状が出るのを、

ただ待ち続けるしかないという現実。



酷すぎる。



しかし、為す術も無さ過ぎる。



病気に負ける、という現実の惨さ。



今はただ、頚動脈への癒着が無く、

手術が継続され、全てを切り、

無事に回復する、という奇跡を信じ続ける以外に

やれる事が何も無い。



あまりに受け止めきれない現実。

ただ、開けてみなければ分からない、

という一片の望みに、全てを託すしかない。



妻と病室に帰り、

何から話そうかと考えていた時。






👩明日はまた早いよ。

私はただ寝てるだけ。

10時間くらい寝てればいいなんて

楽ちん楽ちん✨

後は先生が頑張れはいいだけだから。

明日は付き添いも長いでしょ?

早く帰ってよく寝ておいてね💕



🧑わかった。

どんなことがあっても、 妻 が辛くない毎日を

送れるように判断するから。

絶対に辛い思いはさせないから…



👩うん。明日はよろしくね。






病院の外に出ると、

キーンと張り詰めた空気に満たされ、

今にも雪が降り出しそうな2月の夜道を

一人、駅に向かって歩く。



この道を何度行き来しただろう…

妻が、この道を自分で歩く事が出来なくなったのは

いつくらいだっただろう。



病気が発覚して約1年半。

まだ妻が、元気にしていた頃から

たった1年半しか経っていないのに、

遥か昔の出来事だったように感じる。






家に帰り、

妻を励ますLINEグループに報告します。






🧑手術前の全ての説明を聞き終えました。
予定通り、明日朝8時30分には手術室に入る予定です。

命を掛けた戦いになります。
家族の未来を掛けた戦いになります。

正直涙が出ます。
こんなときこそ笑って励ましてやらなきゃと、
ずっと思ってはいますが、だめだ無理だわf(^_^;

みんなが出来る、みんなにしか出来ない事で
妻を勇気づけてやって欲しいです。
身勝手なお願いですが、どうかお願いしますm(__)m






沢山の友人から、

妻へのエールが次々に送られてきます。






いよいよ決戦だね!

悪いもの全部取ってまたディズニー行こう!



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今日一日、ずっと元気玉送り続けます!

みんなの思いもあるから絶対大丈夫!



悪いとこ全部取れるよう願っています!

応援しています!



元気玉とどけぇー❗❗

頑張れぇー❗❗






ご利益のある神社にお参りに行った写真、

思い出の写真、励ましのスタンプ…



明日は奇跡を信じよう…!!









2017年2月8日



手術日。



手術着に着替えた妻と一緒に、

手術室まで歩いて行きます。



手術室までの道のりは、

手術着1枚では寒く、

私の上着を着させて…






👩手術前最後の姿を写真に撮って欲しい。






手術前の妻と、私のツーショットを

手術室前の廊下で1枚。

妻の顔は、元の素顔が分からないくらいに

浮腫んでいました。



その写真を、昨日のLINEグループにアップして、



🧑今、手術室に入りました。
皆さんからの心強いメッセージ、
元気玉はしっかりと妻に届けました!
妻を勇気付けて頂き、本当にありがとうございますm(__)m



手術室に入る際、

妻がいつも見せた、孫悟空のように勇ましく



じゃっ!いってくる!



と手術室に入っていく姿は、

そこにはありませんでした…






8時30分 手術開始。



🧑長い手術となる予定ですが、どう処置をすべきか、
早い段階でいくつか判断が入ります。
とても難しい判断です。
時には手術不能の判断が下される可能性もあります。

ただ、どんな結果になるとしても、
今の医療で可能な最善の判断をすることになります。

妻の生きる力、強運を信じて、手術の成功を待ちます。






11時30分 状況説明。



🏥左頸動脈に食い込んでいる癌が取れない!

既に頸動脈を圧迫し、血管が折れ曲がり始めている。

無理に取れば血管が破れる。

手術中止を判断。

セツキシマブを使った状態維持による延命治療、

緩和ケアに変更を決断!

少しでも予後を良くするために、

取れるだけの転移リンパ節は切除して

切除部を閉じます!






この瞬間、妻の癌が治らない事が確定した!






ちきしょう!ちきしょう…



助けてやれなかった!



妻は、治るためならどんな治療にも耐えると、



恐怖に負けること無く決心したのに!






妻の両親、妹さんへ状況を連絡。



🧑治してやる事が出来なかった!

もう、癌が取り除けない!

出来ることが、化学療法と、緩和ケアしか

無くなってしまった!





私も相当動揺していた。

多分、連絡を受けたご両親、妹さんには

とても辛いストレスを与えてしまったに違いない。



もう助からないの!?

抗癌剤で小さくなる、って事もあるんだよね!?



確かにそういう事も可能性はゼロじゃない。

でも、今までの経過、抗癌剤の効き方を見てくると、

別の抗癌剤を使ったくらいで状況が好転するとは

とても思えない。






ただ…顎の切除をしたことによる、

更に悲惨な状況になるよりは、

下手に手を出さず、穏やかな経過で

今後の経過を見守っていく事が出来るのではないか

とも思っている。



いや、そう思う以外に、

この状況を納得出来る方法が無かったのかもしれない…






13時30分


ICUに移る。



手術室からICUに移された妻に会いに行く。

通常、ICUに一般人が居続けるなんて

認められる事じゃ無かったのかもしれないが、

妻の思いを、その目線だけで感じ取れるのは

自分しかいない、と

私は、暫くそこに付き添い続ける事が許されました。



常にけたたましく警告音が鳴り続ける室内は、

決して、辛い身を置く環境としては

楽な場所ではなく、警告に対処する人の数も

足りない雰囲気。



昼と夜の感覚が一切無く、

時間の流れがわからない。



妻に、手術は無事におわったよ、と

出来る限りの事はやったよ、と伝えるが、

妻は、自分が想定していた痛みや、状況とは違う、

切除は出来なかったんだな、とすぐに感じただろう。



気管切開を行ったため声が出せないが、

昨日までの息苦しさは無いように思える。



頚部の切開部の痛みで身動きが取れず、

さらに、痰、血液が気管に落ちる等で、

頻繁に呼吸困難になりそうな咳を続け、

5~10分に1度くらいのペースで

看護師さんに気管にカテーテルを入れて

痰吸引をしてもらいながら、

とにかく辛い時間を乗り切っていく。



今回も、術後は汗をびっしょりかいており、

しきりに、暑い、扇いで… と

手をパタパタさせて訴えてくる。



それから3~4時間程経過した頃、

ようやく、呼吸も落ち着いてきて、

眠ることも出来そうなくらいに安定してきた時、

今回の手術の結果を伝える。



左右頚部(耳の下あたり)のリンパ節転移は

すべて取り除いた事。



しかし、動脈の癌癒着はやはり剥がすことが出来ず、

結果、顎の切除も、舌の切除もせずに

閉じるしか無かったこと。



それでいい、という判断を

私がしたこと…






🧑癌を取りきる事が出来なくて

本当にごめん…

無理せず、閉じてくださいと、

自分が先生に伝えたよ。

最後の最期まで、一緒に生きよう。

ずっとそばに居るから。

妻 の手をずっと握って離さないから。

自分たちにしか出来ない人生を

最後までやり遂げよう。

それで… いいよな…?






喋ることが出来ない妻は、



一番嬉しい時に見せる



真ん丸な瞳で私を見て、



指を👍👍👍と強く握って見せたあと、



私の手を握り、



ゆっくりと大きな瞬きをして、



( ありがとう! )



そう伝えてきた。






初めて二人揃って、



     死ぬんだ。



という事を認めた瞬間だった。