~漂流中~

2017年6月、舌癌になった妻(39)が亡くなった。ADHDの息子(6)、頼りない自分(41)を残して…

■漂流17 車買い替え

※ この記事では、特定の車メーカーをディスったりはしていませんが、特定メーカー信者は見ていてイライラする内用がきっと含まれていると思いますf(^_^;
「あっこれは違うな」と思った方は、その時点でページを離れることをお勧め致します(笑)






2019年11月9日



以前の記事でも少し触れましたが、

これまで妻と結婚してからの生活の相棒だった車

MITSUBISHIアウトランダーが、

13年目の車検半年前から

いよいよそこらじゅうにトラブルを抱え始め、

車検を通すのに100万近くの費用が掛かるとの事で

乗り換えを決意しました。



アウトランダーは、

とにかくスノーボードにガツガツ行くための車だったので

よくメンテナンスはしていましたが、

融雪剤による錆びに悩まされ、

マフラーセンターパイプ付近に穴が空いたり、

マフラータイコとの接続部が割れたり、

ボンネットとルーフの塗装が剥げまくり、

左後ろのブレーキキャリパーが

固着気味と言われていたのを、

点検の度にバラしてメンテしてもらったりしながら

騙し騙し使っていました。



1年前くらいから、エアコンコンプレッサーから

ガラガラと激しい音をさせることが何度かあり、

調べては貰いましたが全てバラさないと原因はわからず、

しかし、車が走っていればエアコンは効いていたため、

こちらもディーラー判断で修理を先送りにしていました。

それが今年の夏に限界が来て、

渋滞でエアコンが効かなくなり車内が熱風地獄に💦



タイヤも、夏冬共に限界を迎え、

車検通してまで乗るならタイヤも買い替え必要。

タイヤだけで40万くらいは掛かります。

買うなら更に4年くらいは乗らないと勿体ない。



そんなこんなで買い替えの話になり、

車検が11月末だったので

それに間に合うように進めていましたが、

買い替えの2週間くらい前から

左後ろのブレーキを豪快に引きずりながら走るようになり

買い替え時には、左後ろのブレーキパッドだけ

1ミリくらいしかない💦

という走行不可寸前の状態に。



また、買い替え1週間前には、

最後の洗車だと張り切って行った

洗車場での事だと思いますが、

右後ろのタイヤに深々と刺さったネジを発見…

即パンクにはならなかったため、ネジはそのままにし、

ゆっくりと1日に0.4気圧くらい空気が抜けていく状況を

確認した後、毎日空気を継ぎ足し継ぎ足し入れて、

何とか最後の1週間を乗り切って、

何とか買い替えの日まで使命を全うしてくれました。



ありがとうアウトランダー

とてもいい車でした。

上記のようなトラブルを除き、

それ以外の不満は一切なく、

スノーボード、ディズニー、旅行、介護、引越しと…

13年もの間の生活を支えきってくれました。

スノーボードの板は、157cmくらいまでなら

後席を倒さずに4枚を荷室に積めて、

更に4日分くらいの旅行荷物も余裕で積めました。

また、妻の大きな車椅子も軽々荷室に乗せられたため、

車椅子でしか動くことが出来なくなった妻を

何度もディズニーに連れて行ってあげる事も出来ました。



トラブルはほとんど融雪剤からくる錆びが原因で、

その殆どは、ボード帰りに体調不良者が出たり、

あまりに眠くて帰って寝るのが精一杯だったりで、

融雪剤をちゃんと洗ってあげられなかった事があったのが

原因だと思います。

その錆びの影響さえ除けば、

それ以外の問題は無かったため、

フルブッシュ交換、足回りのダンパーオーバーホールでも

してあげれば、20年でもそれ以上でも乗れるくらい

しっかりした車だったと思います。



改めて、アウトランダーには感謝しかありません。

今でこそ、5人乗りで荷室を広く使うというチョイスが

ほぼ無くなってしまい、使わない3列目シートのせいで

荷物が詰めず、値段は高い

(なんやかんや450万~くらいは掛かる)

という車になってしまいましたが、

当時この車をコミコミ300万ジャストで買えたのは

今思うと奇跡だったと思います。








ということで始まった新車探し。



今年の7月くらいから検討を始め、

夏休み中にいくつかの車種、ディーラーで

商談をはじめていましたが、

8月上旬には車種を決め、

8月中旬には予約まで進めていました。



その車の発売日が10月24日という事で、

納車まで2ヶ月以上掛かりましたが…

この発売日を聞いたらわかる人もいるんですかね。



新車中の新車です。

まだカタログも無く、

正式スペックもディーラーに届いてない頃、

ネットで片っ端から情報集めて、

クローズ予約期間中に予約し、

11/9にようやく納車されました。



私と息子2人が快適で、

スノーボードにも行けて、

たまにジジババ様も苦労無く乗ってもらえる車で、

個人的にも運転することを楽しめる車、

って事で、

アウトランダーよりも車格を1つ落としたSUV



MAZDA CX-30 を買いましたー✨ヽ(*゚∀゚*)ノ✨



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車のスペックやら、詳細やらは

ご自身で調べてくださいませ(笑)



乗り始めて2週間くらい経ちましたが、

まだ体の一部になってない感じがあります💦



お金の面でだいぶキツイところもありますが、

下手に中古でメンテに金が掛かるより、

どうせ同じだけのお金を掛けて

同じだけの期間乗るのであれば、

ノントラブルで同じだけ費用の掛かる車

の方が私はいいので、中古より新車派です✨



細かいところは書いたらキリがないですが、

以前ユーノスロードスターに乗っていた自分としては、

このCX-30はバシッとハマりましたね(ง •̀ω•́)ง✨



まだまだ良い車かどうかを

判断出来るだけ使えていませんが、

車を通して体に伝わってくる様々な感覚、使い勝手は、

ロードスターのそれに近いものがあります。



何よりも、乗ること自体、運転すること自体が

ワクワクするような車で、

一番自分が利用するシーンで全開に使いきれる車は

最高に気持ちがいいですよ✨



これからの10年とちょっと、

新しい人生を共にする車として、

大切に乗っていきたいと思います!

■舌癌41 決意

2019年 秋



ようやく夏も終わり、

日中でも気温が20度を下回る日が増えてきていますが

皆様いかがお過ごしでしょうか。



千葉方面は台風や水被害が酷かったですね。

自分もそのあたりなので大変は大変でしたが、

別段大きな被害にはなりませんでした。

浸水してしまった地域は、

命に関わる大災害だったと思います。

被災されてしまった方々には、

安心して過ごせる日が1日でも早く訪れるよう、

心よりお祈り致します。






私はといえば、

毎日毎日仕事でケツを叩かれ、

息子に、このデコツルツル野郎!とデコを叩かれ(笑)

謎の体調不良が2ヶ月も続き、

原因は不明ですが、

いくつかの科で診療して、

検査結果待ちになっているなど、

やっぱり多忙な、時間の無い日々を送っています。



体調不良の方は、何も無ければ

特に公開予定はありませんが、

まあ色々まわって検査して、

何も無いと言われながらも、

体には明らかな痛みや異様な疲労感はあり、

一時期は歩行困難なほどふくらはぎ痛くなるなど、

どこで診てもらえばいいか分からず困り果てて、

今、循環器科、血液の方ですね。

そこでの検査待ちになっていますが、

そろそろ異常を感じてから2ヶ月も越え、

何となく良くなってきた感もあります。

何なんでしょうね💦



舌癌のブログも、

しっかりとした記録を残すことが出来ていた時期から、

仕事の後に自宅にちゃんと帰る時間が無くなって

職場と病院だけが生活の中心になっていった時期に

突入していくため、

日々あったことを書き留められていない状況です。

LINEでのやり取りや、スケジュール帳などから

何があったかを調べ直して記事にまとめますので、

少々時間が掛かっています。





それでは、以下

妻の生きた証です。






2017年2月19日



口腔底に、ピンポン玉大に腫れ上がり、

指1本分位の穴が空いてしまった癌病巣部を

どうすることも出来ずに、

日々、綺麗にする処置をしながら

抗癌剤のみでこの癌が縮小出来るか

先生方が計画を立てている。



病巣部は噴火口のように周囲がめくれ上がり、

固く硬結するように腫れ上がる。

腫れているというより、癌の塊そのものだろうか…

中は、血と、体の組織が溶けたような、

赤黒いドロドロとしたものが、

周囲の肉組織にこびり付いている…



日々、綺麗に洗浄し、薬を塗り直し、

顎の下全体を覆うガーゼを取り替える。

しかし、恐らく菌も繁殖してしまうのだろう。

頻繁に39度近くの熱が出て、また下がったりを繰り返す。






この日、

体調の良い時間に合わせて、

以前から一緒にスノーボードに行く友人たちが

お見舞いに来てくれて、病室で一緒に過ごした。



4時間程でしたでしょうか。

久しぶりに妻も笑顔で過ごせる楽しい時間となり、

面会時間を過ぎてもまだ一緒に、

予定の倍くらいの時間を一緒に過ごしました。



とても貴重な時間でした。

あんなに妻が笑ったのはどれだけぶりか…



その友人たちと、息子の話をしているとき、

妻はとても沢山の表情を見せていた。

楽しそうでもあり、

困っているようでもあり、

心配しているようでもあり…

妻の想いは、やはり息子の今、そして

将来に向けられている…と感じる。



妻に、

息子がスノーボードやってるとこ、見てみたい?

と聞くと、

是非とも!と返事が。



私(妻)は行けなくてもいい、仕方ない。

でも、息子を連れていってやって欲しい。

みんなで行ってきて欲しい。

息子がスノーボートやるところを見せて!

と…。



今まで、出産の時以外、

1シーズンたりとも

妻とスノーボードに行かなかった年は無かった。

それが、昨年初めて

癌治療の為にスノーボードを諦めた。

そして、今年こそは必ず良くなって行こう!

と約束していたが…

やはり治療の結果は芳しくなく、

どうやら、その約束は守れそうもない…と(ノ_<。)



でも、

この時は、誰もが悲しんでなんていなかった。






よし、行こうぜ!






さすが長年の気心知れた仲間たち。

話は一気に動き、その場でスケジュールを決め、

3月4日に新潟へ行くことで全ての調整を付ける。



何か、今まで1年半の間止まっていた時間が

動き出した気がした…






既に主治医のH先生にも言われていた。



残された時間はとても限られ、有限だ。と…



ならば、

妻が望む全てを、

時を止めず進めよう!

自分たちにしか出来ない方法で、

妻を喜ばせよう!望みを叶えよう!






少し別の話だが、

ちょうどこの頃、自宅で使っていた

デスクトップパソコンが壊れ、

買い替えの検討をしていたが、

今までの面倒なこだわりを捨てて、

妻の所にも持って行けるノートパソコンにすることに。



あわせて、自宅に引いていた光回線を解約、

モバイルWIFIを契約し、

自宅でも、病院でも、

ネットに繋げる環境を作った。



全てを立て直す。

無駄を省いて身軽になろう。

妻の願いを叶えるために。



今までとは違う生活になる。

もう、妻が自宅にいる生活には…きっと戻れない。

覚悟を決めよう。

生活の全てを…変えよう。






2017年2月20日



手術が不可能となった癌に対して、

明日からまた抗癌剤が開始される。



前回、手術の前の抗癌剤もフルドーズ(最大量)の

抗癌剤治療だったが、

前回は、あくまでも手術の際に癌を取り切れるように

術前の癌縮小効果を狙った短期間の投薬治療だった。



しかし、今回からは、

切る事が出来なかった癌を、

可能な限り消滅に近い状態まで縮小させる事を狙った、

体にとっては最大級に厳しい抗癌剤治療。

十分に癌を抑え込む事が出来るなら、

まだサイバーナイフなどで癌を焼き切れる可能性が

残っている、と主治医からは聞く。



その目標は途方もなく、

まず手始めに、という始まりの所から、

1クール/約1ヶ月として、目標は5クール程。

およそ半年間、フルドーズの抗癌剤治療を行うという…

まさに命と引き換えの治療。

しかし、これをやらなければ…

いずれにしても命と引き換えの決断しか残っていない。



今の妻の状況、

顎に開いてしまった穴と、

過去手術の関係で飲み込みが難しくなってきている事で

食事がほとんど出来なくなってきていて、

プリンや、ヨーグルト、アイス、飲み物といった、

流動的なものしか食べられない現状と、

既に体重は30キロ半ばまで減少しているであろう状況では

半年間に渡る抗癌剤治療には、

到底耐えきれない…と感じる。



こんな無茶な治療に思える事でも、

ある程度の若さと、

本人の気力がまだあることから、

乗り越えられる前提で進めましょう。

という事になった。



本人が、何としても生きるんだ!

と考えている以上、

周りがそれを諦めるわけにはいかない。



目標をもっている人は強い!

全ては妻の笑顔を取り戻すため!





2017年2月21日



抗癌剤スタート。

セツキシマブ、シスプラチン、フルオロウラシル(5-FU)

の3剤をフルドーズ。

自分は仕事中だったが、

投与開始の時は、主治医の先生が付きっきりで

状況確認をしてくれていた。



開始直後、

39℃の熱で中止の判断が出そうになるが、

1時間ほどの様子見で熱は下がりはじめ、

安定したらしく、抗癌剤治療を続行。

まずは投与直後の1つ目の壁を越える。



妻は、治療に耐えるという事しか出来ないが、

それ自体で、命を掛けて皆にメッセージを送っている。

絶対に生きるんだ!

と。






2017年2月22日



夜から副作用が強く出て、

突発的な吐き気が出てくる。

赤茶色のタンのようなものを吐いたと報告あり。

恐らく胃液でしょう、との看護師談。



だるく、頭が痛い。

寝ているのも辛い。

ベッドに寄り掛かり、座ったような姿勢で休む。

喋る気力もない。

顔が浮腫み、下唇が大きく腫れている。

副作用か、癌の影響か…

まさか、たったの数日で

人の顔がここまで変わってしまうような事が

起きるとは思ってもいなかった…

今までの状況とは明らかに異なる状況になってきている。



🧑副作用辛いみたいだな…
 でも、癌が広がってしまう辛さを放置するより
 苦しいなんて事は無いはず!

 小児癌の世界では、
 抗がん剤を悪魔だと思ってしまい、
 気持ちで拒絶しちゃう子が多いらしいけど、

 これは正義の味方が敵の親玉をやっつけてるんだ!
 って思い込ませるだけで、一気に気が楽になり、
 効果も高く出るって言われてるらしいよ!

 辛いけど、抗癌剤を受け入れてみよう!






2017年2月23日



👩新しい吐き気止めの点滴してもらったら、
 吐き気なくなった❤



🧑その後も、調子は良くなってる?それとも一時的?



👩一時的だね~。
 点滴切れると吐き気する💧






2017年2月24日



息子のスノーボード準備のため、

息子と一緒に小物を買い揃えに行く。

ブーツ、ウェア、板などは

友人の子が使っていたものを譲って頂けた。

本当に助かります人( ̄ω ̄;)



しかし、抗癌剤を初めてから4日目、

抗癌剤の副作用はピークを迎えていたらしく…



👩吐き気がキツい(≧Д≦)



吐き気に耐えきれず、体が悲鳴を上げる。

何も食べていない体から胃液を吐き出す。

舌や顎は自由には動かない。

動かせばモルヒネ系鎮痛剤でも

抑えきれないほどの痛みが襲いかかる。

そこに吐き気の反射。

吐けば、口の中に吐瀉物が残り、

更なる吐き気を呼ぶが、

うがいをすることも満足に出来ず、

そもそもうがいをする気力すら絞り出せない程のだるさ。

皆が知っている 吐く という状況からは

想像も出来ないほどかけ離れた苦しみ。



自分は離れた場所から励ましながらも、

妻の願いを叶えるため、

歯を食いしばって今やるべき事をやるしかない。

今やらなければ、間に合わない!



🧑ほら!3歳の頃はゴーグルとか使ってなかったでしょ?

 ちゃんとヘルメットに合うやつ買ってきたよ!

 ニット帽はリバーシブルなんだよー✨



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数分後、



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と元気そうなスタンプが返ってきたと思いきや、

次のコメントで



👩苦しくて寝れない
 苦しい…



と、苦しさを訴える妻。



🧑もう治療やめて、出来る限り楽に、
 好きに過ごそうか?(ノ_<。)
 それでもいいんだよ…



👩そうしたい…
 今、会いたい…



時間は夜22時を回っていた。

もちろん面会時間など終わっている。



しかし、妻のこの思いを

“それは無理だよ“、“明日行くよ“

と断る事など、誰が出来ようか。



私は、すぐさま病院へ電話し、

妻の状況を伝え、病院へ向かう。

特別に面会をさせて頂き、妻のいる個室へ。



自分が着いた時には、

今までとは違う吐き気止めを使ってもらい、

少しだけ落ち着きを取り戻していた。

が…上体を起こすようにベッドを立て、

項垂れるように寄りかかり、

とても辛そうにしている。



多くは話さなかった。

体がしんどくて、

話なんてしっかり出来る状態とは思えなかった。



手を握り、話しかける。



辛かったら治療をやめてもいいんだよ…

緩和ケアだけにしていったら、

もしかしたらもう少し楽に過ごせるかもしれない。

そういうことがどこまで出来るのか、

病院に聞いてみてもいいよ。

そうする、と決まった訳じゃないからさ。

聞くだけ聞いて、

どこまでの対応が出来るのか知っておけば、

いざと言う時、そうしたいって決断しやすいよね。



妻は、うん。とうなずく。



妻の様子を見ながら、

看護師を呼び、

もう辛くて苦しくて、治療をやめたいという

妻の気持ちを代弁する。






看護師からの回答はこうだ。






今、点滴を止めたからといって

抗がん剤の効果が体から無くなるわけでもなく、

吐き気やだるさがまだ数日続く事からは解放されない。



吐き気止めは種類があり、

状況に応じて使い分けることで

吐き気を抑えていくことが出来るので、

それで今回も落ち着く事が出来た。



奥様は、誰かがお見舞いに来てくれている時は

痛みを訴えることも少なく、

とても安定しているように見えますが、

誰も来ない日や、夜などは

しばらく看護師が付いて話をしていないと

痛みや苦しさを訴える事がある。



今は抗癌剤副作用のピークだから辛いはず。

これを少し超えれば、休薬期間含めて

暫くは楽になるから、

その時に色々楽しいことを出来るように

していってみませんか?



次の抗癌剤を入れる時には、

今回の体調変化を踏まえて

もっとしっかり対策を取りながら

2クール目をやっていくようにしますから。



今回の奥様が言われたことは、

緩和ケアチームに伝えて、

対策を考えてみますので、

今は、少しでもお見舞いに来ていただいて、

不安を取り除いてあげてください。

もう面会時間は気にしなくていいですから…






これを丁寧に妻にも伝え、



🧑まだ頑張ってみよう。
 まだ諦めない。

 次はもっと楽に過ごせるように
 対策してくれるって言ってくれてるから、
 後日ちゃんと緩和ケアチームの先生に
 もっと負担を取り除く方法があるか相談して
 抗癌剤を続けてみようよ。



👩…うん。
 息子の卒園式も、小学校入学式にも出たい。
 
 (私)に会うと本当に落ち着いていられる。
 それだけでだいぶ楽になるんだよ。
 今日は来てくれてありがとう。

 抗癌剤、もう少し頑張ってみようかな…。



🧑少しでも副作用が落ち着いていく事を祈ってる。

 明日12時頃に、
 緩和ケアの先生が来てくれる事になったから、
 ちゃんと相談してみようよ。

 気持ちが揺れる状況、自分はよくわかってるつもり。
 止めようとか、続けようとか、
 そこだけの判断では決められないからさ。

 ただ、純粋に今感じていることや、
 目標、思いをを伝えて、
 今後少しでも楽に治療を続ける為には
 どういう方法があるか、
 覚悟を決めた人にしか提案できない方法も含めて
 まずはどんな事まで出来るのか相談していこう。



その日はそんな話をして、

深夜0時頃には帰宅したと思います。






このような状況の中では、

本人を励ますことも、

諦めよう、楽になろう、と諭すことも、

どちらも非常に難しく、

どちらも辛い選択を迫る事になるため、

言葉が出なくなっていきます。



これは、この状況になった人にしか

理解できないと思いますが、

闘病記やコラムなどでもよく記事として取り上げられ、

病気で苦しんでいる人の事は理解出来るのに、

何を言っても喧嘩になり、

私の気持ちなんて理解できない!

と反発され、会話が出来なくなっていき、

最後は病気の苦しみ以上に

孤独との戦いになっていく。

それが闘病者本人の気持ちなのではないかと感じます。






終末期に近づいてしまった闘病者本人は、

相当な不安と孤独の中、

誰も自分を助けてくれる人はいない、

苦しい、死にたくない、

苦しい、早く楽になりたい…

そんな混沌とした思いで日々を過ごしている筈です。

それを理解してあげられるのは、

パートナーや家族だけです。



そしてそれを支えるパートナーや家族は、

想像を絶する心労、疲労と、

自らの人生をねじ曲げていくほどの

生活の変化、生きるために必要な多くの事を投げ捨て、

闘病者の為に全てを捧げる人生へと舵を切っていきます。



これを助けられる人は…多分いないでしょう。



恐らくこの気持ちは、

闘病だけではなく、

命の問題に直面してしまった人たち

全ての人達が感じるであろう、

人生でもっとも辛い事であると思います。






こんなときは、思い出してみてください。



人生は一度きり。



後悔や後戻りは出来ないんです。



今、その瞬間が自分たちにとって



最もよい選択の連続となるよう、



意識をしながら人生の決断をしていきたいものですね。






私は、それが出来ていたのかな…

妻はどう思っていたんだろう…

■ADHD18 報酬系  と学級崩壊

2019年9月



(この記事は、夏休み後半から書き始めて、
9月末まで編集をしていたため、
前半後半で話の流れが少し違います。)




夏休みも終わり、

一気に涼しくなってきましたね。



息子は2年生になって、

情緒の特別支援級 + 交流級で過ごしていますが、

その甲斐もあってか、はたまた成長かわかりませんが、

まずは、謝罪を要求されるような事態は

1年前に比べ、だいぶ少なくなりました。



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↑ 夏休みに、扉に挟んだ親指と、交尾中のバッタを捕まえる息子ムシキング(笑)



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↑ 夏休みにタンスの角におでこ強打したケガ💦

↓ 今ではここまで回復しました!

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1年前と比べ、だいぶ落ち着いた息子ですが、

突発で友達を叩いてしまったり、

怖い言葉を使ったり、

相手の気持ちを考えずに



あー、そんなことするんなら
100回ぶっ叩いて、おもちゃ壊すから!



といったような発言を、

自分に気を向けたい一心で言ってしまったり。



これらの発言には、あまり怒りの感情は無く、

自分の思い通りに周りが動いて欲しいという思いで

挑発するような感じで口にしてしまうようです。



使っている言葉はトゲトゲしいものが多く、

当然相手は嫌がります。

そして、その言葉に反発され

いやだよ!

などと言われたりすると、

さらにしつこく嫌な言葉が並んだり、

瞬間的に手が出てしまう…

そんなやりとりは、まだ散見されます。



友達と上手に接する事が出来ず、

どういう言葉を使えば

気分を害されずに自分の思いが伝わるのか、

そのやり方がわからない…

といった感じです。



傍から見れば、

なんて思いやりのない子なの…

という印象でしょうね。



しかし、本人は

これで友達と楽しく遊べる!

という思い全開で

その行動をしているので、



本人が 正しい と感じている事を、

間違っている、

悪い行動をしている、

という事を伝える事自体は出来ても、



それを本人の中で、

正しかった筈の、実は悪いことを、

悪いと思っていた、本当は正しい行動に

差し替えるように理解を促す事が

とにかく難しいのです。






自分の思いを通すには、

まあ、色々な考え方があって説明はしきれませんが、

まず相手の思いを通してあげる事が

一番いいんじゃないかなー、と

大人ながらには思いますが、

それはあくまで大人の考え。



さすがに子供同士では、

相手を立ててあげる、なんて事は

よく出来た子でも難しく、

通常は相手を立ててあげるのではなく、

自分が、嫌だけど、我慢もしなきゃ…

悪い子になったら、怒られるし、

自分のお願いも聞いて貰えなくなっちゃうから…

というくらいが殆どだと思います。



これって、

我慢出来る子かどうか、という見方もありますが、

根本は、報酬系のやりとりなんですよね。






報酬系とは、

簡単に言えば、



A(オモチャ)が欲しい。

でも、ただ欲しいと言っても貰えない。

B(勉強)を頑張れば、A(オモチャ)を買ってあげるよ!

と言われた。

A(オモチャ)が欲しいから、

A(オモチャ)を欲しいとは言わずに、

B(勉強)を頑張ろう。

それがA(オモチャ)を得るための一番の近道だから。



という考え方です。






欲しいものを買ってもらう、とか、

大人なら、頑張って働いて給料を貰う

といった話は、

まさに報酬系では一番わかりやすい話ですが、

こんなのも報酬系のやりとりになります。






早く食事が終われば

しばらく遊ぶ時間作れるよ!

(そしたら、その時間でyoutube見れるね!ゲーム出来るね!)



とか、



ゲーム出来るのは、

宿題と、明日の準備終わった人だけ!



とか、



10時に寝る約束が守れないなら、

明日はタブレット使うの無しね。



とか、



(以下は、あまり好ましくない対応ですが時に必要なケースありとして)



間違った事をやめられない時、

叱られる、罰を受けるという恐怖を与える。

本人は、その恐怖が嫌で、罰から身を守るために

言うことを聞くようになる。



など。






つまり、



AとB、更にはC、Dといった、

いくつかの要素同士を1つの話で繋ぎ合わせて、

本来の目的、希望であるAを叶えたいが、

それを達成するためにはBやCなど

希望以外の行動をとならければならない。

希望以外の、興味が無いものに対して

興味を向けなければならない。



という、

2つ以上の要素を、1つの話の中で

関係性を持たせて理解させるやりとりの殆どが

報酬系の話、ということになります。



別段、障害を持つ子の多くが

報酬系の理解に問題がある、という事はありませんが、

ADHDに関しては特に、

この報酬系回路の能力低下とみられる傾向が

強いとされています。






報酬系を通した注意欠陥、多動性障害の病態理解
J-Stage
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsbpjjpp/22/4/22_253/_pdf






以前は、報酬系の制御が殆ど不可能で、

以下のような行動がほとんどでした。






オモチャ欲しい。

でも、ただ欲しいと言っても貰えない。

B(勉強)を頑張れば、A(オモチャ)を買ってあげるよ!

と言われた。

A(オモチャ)が買えないという事実が頭に充満する…

嫌だ!買って欲しい!買って!買って!買って!

買わなければお父さんはクソボウズ!(嫌味のつもり)

だから言ってるでしょ?勉強終わらせたら買うよ。

嫌だ!今買って!今買って!買って!買って!買って!

(無限ループ)






このまくし立てる感じ。



とにかく、自分のやりたい事、欲しいものを見つけたら、

まずそれを先にやらないと、貰わないと、気が済まない。

他の事など一切関係なく、

ただひたすらに要求を続けます。

タダをこねるというレベルではありません。

そこでこちらが強く出れば、

怖がる、という事もなく、

暴力、罵倒、という手段に発展するだけです。



報酬系が効かないと全ての行動がこうなりますので、

躾もクソもない世界になります。



まあ、今までこれで色々とありましたが、

小学校2年にして、ようやく報酬系が効くようになってきて

それでも衝動的な行動は出るものの、

少し落ち着いて話をすれば、

我慢したり、納得したり、目先を変えたり

という事が出来るようになってきました。



これは大きな前進です。



報酬系のやり取りは躾の基本になります。

これが出来るのと、出来ないのとでは

天地程の差があります。



息子にもようやく…

と、感慨深いものがありますね(。´Д⊂)









と、まぁ、ここまでまとめて来ましたが、

記事のまとめに少々時間が掛かってしまい…



9月中旬~下旬に掛けて、

息子の行動に少々問題が起きてしまいました。



特に、学童と、

療育の放課後デイルームの方で、

自分の思いを他人に強要する、命令する、

先生の言うことを聞かないどころか

舐めてかかり、殴る、蹴る、引っ掻く

という状況が暫くありました。



ちょうど掛かり付けの発達の病院で

相談をするタイミングだったため、

状況を細かく説明しましたが、



今起きているのは、

場所に要因する問題と思うので、

または、その場所で会う人と反りが合わない

という問題に思えるので、

(他の場所、自宅、小学校内、支援級などでは

そういった行動がしっかり抑制出来ているため)

場所を改善しないと本人が辛いだけ、だと。



しかし、薬等による対処療法は、

その状況ならまだ不要でしょう。



という言葉には、

安心して胸を撫で下ろしました。






その後、

学童と、放課後デイルームと面談を行い、

対処について相談。



放課後デイルームは、

さすがに療育のプロだけあって、

安心しておまかせ出来るだけの話が出来ましたが、

やはり、学童はそうもいかず…



先生方に技術があるかどうかのまえに、

ひとクラス80名の混合1~3年生が入る部屋が2つ、

という猛烈な刺激を受ける環境を

先生方も、どうにも出来ないことがある。

という話には、

先生に対してではなく、

行政に対して色々と思う部分もあれど、

ただ一方的にこちらの思いを押し付けるだけでは

何も解決しない、という部分もあり。



まずは以下のような対応を

これから沢山取り入れて貰えるよう

掛け合いました。



■我を通そうとする時に、全力で会話のキャッチボールをせずに、話を遮らずしっかり聞いて、その上で揉めている事からは目を逸らす第三案を提示する。

■約束、順番を守らずに、先に自分の思いを通そうとする行為には絶対に応じず、毅然と対応する。

■会話の多くを、ダメ、拒絶、反発の言葉で遮らず、受け止めた上で、それが今の状況に好ましくない事であれば、ポジティブに別案を提示する。

■まずは、息子をどうするか?よりも、周りの子に被害が及ばないようにするにはどうすればいいか?を中心に対応してください。



結果は、暫く様子を見てからですね。

去年夏休み後のような状況にだけは

ならないようにしなければなりません。



aegis-pilebunker.hateblo.jp









また、別の話ですが、

夏休み明けに、同学年のひとクラスで、

学級崩壊状態が起きているとの話を聞きました。



まずは担任の先生が即変わる事になるようです。



状況としては、

調子に乗る数名の児童が先生の指示に従わず、

授業中でも教室の外に飛び出してしまい、

ついて行く生徒もいるとのこと。



やはりこの夏休み後の時期は

色々な要素が重なり、荒れる時期なのでしょうか。

まだ小学2年生だというのに…



その調子に乗る子の1人は、

1年のときに散々うちの息子とトラブルを起こし、

過去のトラブル記録を辿ると、

こんなやりとりも見つかりました。



息子 → A
調子乗り1 → X
調子乗り2 → Z

朝の待ち時間にXとZが教室内で鬼ごっこしていて、
息子Aがトゲのある言いかたで止めるように言いケンカに。
息子Aが、先生を呼ぶよ! と言ったら
そんなことをしたらお前が先生に怒られるからな!
とXZから言われて息子A腹を立てる。
息子Aが、Zをパンチ。
Xは、それを見て バーカバーカ! と言ってきて
息子AはXにもパンチ。
息子Aの問題行動として報告される。



今回の学級崩壊には、Xが関わっている事は分かっていて、

Zは関わっているのか知りませんが、

Xは、調子に乗った行動を繰り返した挙句、

どうも高いところに登って遊び続け、

頭から落ちて大ケガし、

アイスホッケーのヘルメットのようなものを被って

暫く登校していたと聞きました。

頭蓋骨にヒビが入る怪我だったんじゃないかと

噂されています。



1年の時のXとのトラブルは、

何が原因で、何が悪かったのか

私は見ていないので分かりませんが、

今の状況を見ている限りでは、

うちの息子が一方的に問題行動を起こしていた、

とは言えないんじゃないかと改めて思います。



なによりも、この学級崩壊の現場から

息子が離れていて本当によかったと思います。

きっと近くにいたら、息子は間違いなく加害者側として

この大ケガの原因を作った1人として

吊るし上げられていたでしょうから。



特別支援級を選択して本当によかったと

実感させられました。






息子は、特別支援級の中では

とても落ち着いて過ごしており、

遊び道具の取り合いや、

自分の思いの押し付けなどはまだまだありますが、

先生の指導を聞くことができ、

授業はビックリするくらいに集中して

立ったり、音を立てたりすることなく

しっかり勉強しています。

やたら消しゴムを落とすようですが(笑)



今年の2学期は、何とか崩れずに

冬のスノーボードの時期を迎えたいですね!



あ、そろそろ宿予約しなきゃ!

■漂流16 折

2019年 8月末



大変久しぶりのブログ更新です。

令和元年の夏、いかがお過ごしでしょうか。



6月末に妻の三回忌を終え、

7月には息子の1学期が終わり夏休み突入。

お弁当を作る日々が始まり、

仕事も普段通りしつつ、

息子と遊びに行ったり、

暑さにバテて、アイス食べまくったりと、

子気味良く忙しい毎日を送っています。



今年の夏休みは、旅行らしい旅行は無しです。

GWの旅行がまあまあ豪華なお値段でしたのでf(^_^;



日帰り遊びメインで、

ディズニーシーに行ったり、

トイ・ストーリー4見に行ったり、

花火やったり、

スーパー銭湯に行ったり、

チームラボボーダレスの展示を見にいったり。



チームラボボーダレスの展示、作品は

本当に素晴らしかったですねー!

borderless.teamlab.art



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この写真は、作品のごく一部で、

どこにいても、まるで宇宙空間の中にいるようで、

その中で、子供達が思い切り遊べるアスレチックや、

トランポリンなどもあるような、

時間さえあれば半日以上は滞在できる

施設になっていました。

見渡す限り、動的な、インタラクティブ

プロジェクションマッピングで作られていて、

正直、実物を目で見ないと伝わらないものが多く、

興味がある人は今からでも予約して行ってみて下さい。

当日、その場での入場券は

買えないと思った方がいいと思います。



息子も、同年代の子と遊ぶ機会が

少しだけ増えてきて、

まだまだトラブルは絶えませんが、

家庭での療育のような対応が出来る時間が増えたので、

本当に嬉しく思います。

ご理解を頂けている親御さんには

本当に感謝しています(*^_^*)

ありがとうございます!






今年の夏は、

今までの夏とは少し違う雰囲気を感じます。



息子の対応に昨年までのような

神経を尖らせていないといけないような

緊張感が、少し和らいだからでしょうか。



妻の三回忌が終わり、

改まった形での法要は暫く先になるからでしょうか。



私個人の気持ちの変化でしょうか…



過去に捕らわれたり、

今に縛られたり、

先を見る事、未来への希望を持つこと自体が

不謹慎かもしれないという既成概念に押しつぶされたり…



そういう心境に、

少し変化があったのかもしれません。






人は希望を無くしたまま、

未来から目を背けたまま

生きていく事は出来ないと思います。



目標を持って行動する。

未来を想像して判断する。



決して、不幸になりたくて

自ら不幸を選択する人はいません。



思い描く幸せに向かって、

可能な限りの努力をする。



それが、人が生きていく上での

最も純粋な行動原理だと思うからです。






今までブログの中で書いた事はありませんでしたが、

私は、人が生きていく上で最も大切なことは、



“思考を止めないこと”



だと思っています。






思考停止という状況は、

ありとあらゆる場面に潜んでいて、

いつの間にか、

多種多様な考えを受け入れられなくなり、

判断能力が奪われ、

自分らしさが消えて無くなっていきます。



もしくは、

自分自身が、自分らしさだと錯視した

思考停止論を語る人形のようなものになっていきます。



その最たる例が、

何の根拠もなく、理屈もなく、

全てにおいて曖昧なまま

人を支配することが出来てしまう

詐欺まがいの新興宗教などの教え。



人を完全に思考停止に至らしめる事で、

作為的に作られた神と言われる謎の存在を信じ込ませ、

生きるための全てのエネルギーを搾取され、

空っぽの抜け殻になってしまった人は、

その信じた神に救われることも無く

打ち捨てられて終わり。

そうやって、作られた神の下僕という役柄を演じる

詐欺経営者だけが利益を貪り続け、

溢れる私欲のままに、無限に肥え続けて行く。

それに気付かせないようにする方法が

つまり思考停止。



考えることをやめさせ、

与えられた真理というまがい物を

あたかも、自ら求めた神であるかのように

錯視させて、思考停止に追い込む。



現代の、合法的な奴隷制度のような

この経営方法は、

新興宗教だけでなく、

ごく一般の有名な会社などの中でも

社訓などと大層な筆書きされた

額縁などに収められて、

それさえ守ればあなたの立場は守られる。

なんて建前とともに、

新人研修などで社員を思考停止させ、

会社の奴隷にしていたりします。

まあ、正直そうでもしないと

自分で考えて会社のために働ける人なんて

一握りも居ないのが現実かもしれませんが。



この思考停止という状態が、

自ら考え、判断し、未来の幸せを掴み取る上で

一番邪魔で、いらないものだと

私は10年以上も前から思っていました。






やっぱり、自分という意識を持ちながら

生きていくのであれば、

自分らしさをもって生きていきたい。






今まではこうだった…



今まではこうしていた…



でも、そこにいた妻はもういない。



ないものねだりをいつまで続け、



2度と得ることが出来ない幻を追い続け、



自分らしさを失い、



それ以外の思いを抱いてはいけない、



それ以外の判断をしてはいけない、と



殻に閉じこもり、思考停止に陥っていて、



それで本当に、この先の半生を



息子を育てきるという使命を全うしながら



生きていけるんだろうか。






そういう思いを抱くようになったのは、

三回忌の後くらいからでした。






別の言い方をすれば、

妻が亡くなって、下を向いていた気持ちが、

少しだけ前を向いてもいいのかな…

今までを想い続けるのではなく、

これからの、新しい人生を

自分らしく組み立てていってもいいのかな…

と思えるようになるまで、

少なくとも私の場合は、

2年以上の月日が掛かった。

そういう事なんだと思います。



それでも、今までの思いが

キレイさっぱり消えて無くなった、なんて

そんなことはまったくないのですが。



多分、今を生きている息子という存在が、

自分はこのままじゃいけない…そうだよな。

という思いを強くさせているんだと思います。






この夏、他にも色々と変化がありました。






■妻の初代タブレット故障



昔、妻が使っていた初代のタブレットが、

突然電池が膨らみ、接合部をメリメリと剥がしながら

3倍くらいの厚みまで膨らんでしまいました。

うちで音楽聞く用に使ってたのに(ノ_・。)

爆発の危険性があったので、

データを消し、充電を全消費したうえで、

即、行政の指示どおりに処分をしました。






■妻の最後に使っていたタブレット故障



その後すぐに、

妻が最後に使っていたタブレット

バックライトが付かなくなり、

画面が見えなくなりました。

息子が使ってたので、ゲームのデータが…(◎-◎;)

真っ暗で見えなくなった画面を

強い光で照らしながら、何とかデータ移行を行い、

先日修理に出しました。

ゲーム以外のデータは元々消してあったので

妻の大切なものが残ってはいませんが、

出来れば初期化はされずに戻ってきて欲しいです。






■妻との生活を支えた愛車が限界



今まで妻と結婚後から乗っていた愛車が

13年目の車検を目前に迎えた今、

いままでほぼノントラブルで来ていたのに、

エンジン周りの費用がかさむ部分で故障が起きたり、

ブレーキ系のオーバーホールが必要になったり、

タイヤが夏も冬も買い替えが必要なタイミングだったり、

塗装が融雪剤で侵食されてしまい、

ボロボロになってしまった等のトラブルが続き、

遂にこの夏にエアコンが効かなくなって、

車内が灼熱地獄になり、

さすがにもう…



これに手を入れて、

新しく購入するタイヤを使い切るまでの

約4年間を乗ろうとすると、

今回の車検だけでも100万単位の整備代が掛かる…

それで4年後まで乗ることを考えると、

多分整備代、車検代だけで

4年の間に単純見積もりで

180万くらいの費用が掛かる見込み…╭(๐_๐;)╮

もう新車に代えるべき、ですよね。



という事もあり、

新車の購入を決断しました。



ここ最近で一番バタバタしたのは

この車の件ですね。



納車まではまだ暫く掛かりますので、

新車の話はまた今度(*^_^*)





 
今年の夏は、



こんないくつかの事、



思いの移り変わり、



年号も変わり、



多くの節目がここに重なり、



否応なしにターニングポイントが形作られ、



人生の 折 を感じる、



変化と節目の始まりの夏となりそうな予感。






妻を失ってからまだ2年しか立ちません。



されど、



2年もの月日を下を向き、殻に閉じこもって過ごせば



人間としての純粋たる欲求を求め、



今を改善しようとする、未来への思いを蓄えるには



充分な時間がありました。






いや、むしろ、

全てに背を向けて、

逃げ続け、

未来の全てを諦めた訳でもないのに、

そこに触れずに生きていこうとする事に

限界を感じている自分がいる、

という方が、正しい理解かもしれません。



そもそも、

仕事も人並みには出来ない状況で、

周りの仲間に寄りかかりながら

子供の面倒を見続けるだけ、

なんて生活のまま、

一生を安泰で終わらせられるなんて

そんな歳でも、蓄えも無いのです。



新しい流れを作り、

生きていかなければならない。



生きる事を、本気で考えなければならない。



いつまでも、

妻が亡くなったから…

と、泣き言を言っている人を

よしよし可哀想だね、と

お小遣いをくれる…

そんな社会では無いんですよね。



周りがどんなに勝手な思いを持っていたとしても、

その人達は、理解はしてくれても、

私と、息子が生きていく事に対して、

助けてはくれないんです。

当たり前ですけどね。






舌癌のブログの方も、

この先の辛い話に、なかなか手が進みません…



毎日、手を止める暇も無い程に

妻の付き添い、治療の手伝いをし始めた時期に

話が入っていきますので、



この先の記録が、

あまり正確に残っていないのも、

手が進みにくい理由のひとつです。






この夏、

自分を取り巻くあらゆるものが

変化を始める始まりの時を感じています。



しかし、いくつかの事の終わりと始まりが

今ここにあることは間違いありませんが、

今すぐ、何かが変わるという事は無いでしょう。



今は、妻に関わるいくつかの事に

少しの区切りが訪れ、

気持ちの上での変化、

大切な事への気付き、

今を変えようとする力の蓄え、

そういったものが

漠然とこの瞬間に集まり始めているに過ぎません。



この流れは、大きなうねりとなって

長い期間にまたがる

人生の 折 となるのではないかと

想像しています。



自分がこの変化に戸惑う事なく、

困難に負けず、

ズレることの無い 弧 を描いて

この人生の 折 を曲がりきる事は

出来るのでしょうか…



自分の、本当の力を試される時が

来たのかもしれません…






私が、この思いに至る切っ掛けを受けた

とある、尊敬の念を抱く方のブログを

紹介させて下さい。

(勝手にリンクさせて頂きましたが、同じような境遇で悩む方に、一度は読んでみて頂きたい記事でしたのでご紹介させて下さい。恐れ入りますm(__)m)

however-down.hatenablog.com

■舌癌40 眠れぬ夢、妻の声

2017年2月13日



頸動脈に癒着した癌を取り除く事が出来なかった妻、

結局、口腔低癌が悪化して、

顎下に開いてしまった大きな穴をどうすることも出来ず、



しかし、放置すれば皮膚は腐り、

不浄から始まる真菌…カビの発生などにより

命に関わる問題となってしまうため、



病院では、顎下創部の洗浄をどうやるか、

朝から試行錯誤が始まっていた。






創部は、指2~3本分くらいの穴が空き、

噴火口のような異形を形成し、

周囲の正常組織との境目が

大きく腫れ上がり、硬結する。



その大きさは、子供の握り拳ほどの大きさだ。



右下顎、唇が、

歯医者の麻酔後のように痺れているらしく、

痛みは少ないがうまく動かせない。



前の頚部リンパ節郭清手術時に

首周りの神経も切除していることと、

創部周辺の組織が、

溶けるように剥がれて行っている事、

モルヒネ系の強力な痛み止めを複数使い続けている事など、

それらの影響もあって、

痛みはそれほど感じない、という事に驚いた。



しかし、それが幸いしてか、

顎下に水をかけ、

少しずつガーゼで押さえるように

浸出液がドロッと固まったような部分を

拭いとっていく…

そんな、傷口に塩を塗るような処置も、

一切表情を歪めることなく、

受けることが出来ていた。



これから、この顎下をどう守っていくか、

出来るだけ傷を拡げることなく、

抗癌剤が効いて、縮小し、

あわよくば、

頸動脈の癌も小さくなって活動が弱まれば、

サイバーナイフで頸動脈の癌を焼き切る事も

出来るかもしれないと言っていた。



それが可能なら、

また癌が広がらなければ、

顎切除は伴うが、命を繋ぎ止める事は

出来るかもしれない。

しかし、そのために出来ることは、

抗癌剤が効くことを祈ることくらいしか出来ない。






私は、術後の辛い時間を共に過ごし、

その後も、息子と過ごすために

病院と、妻実家で寝泊まりをしていたが、

明日、月曜日からは日常に帰らなければならない。



もう癌を治す積極的な方法が無い、

と覚悟を決めてから、初めて帰る我が家…

もう、風呂と寝るだけ以外に、この家に帰る意味がない。



洗濯をすませ、無音の寝室で布団に入る。



隣の、呼吸がしやすいようにと



上体を30度くらいに上げてあるベッドに、妻はいない。



このベッドにまた妻が寝られる日は…



ぐっ と胸が締め付けられる。






妻のベッドを見ながら、

妻の着ていた服を見ながら、

静まり返った室内で独り日常が、

非日常に変わっていく瞬間を感じる。



いままで、朝方4時まで

毎日必死に治療法を探し回った日々は終わり、

奇跡を信じる以外に出来ることが無くなった…

自分は、妻を助ける気が無いのか?

という罪悪感に潰され、眠れなくなる…






妻のベッドに、

妻がいつも大事にしていたダッフィーのぬいぐるみを

寝かせてあげた。






ほんの少しだけ、心が落ち着いた。






朝方、夢を見た。

隣のベットで体起こして、

少し微笑んでこっちを見ていた。

触れた感触がわかる夢だった。



病気になる前の妻…

とても綺麗な、2年前の妻が隣りにいた。



場面が飛んで、

今まで一緒に経験してきた事が

回想シーンのように、

うっすらと色が付いた状態で流れていく。



息子もいて、妻は息子をだっこして、

一緒に買い物したりして。



遊びに行ったり、

日常のひと時だったり。



沢山の場面は流れて…



妻の笑顔とは裏腹に、

なにか焦りのような

まだ!まって!

という感情が湧き上がる。



家に妻と息子と3人でいて、

私は息子と遊んでるシーン。

妻は台所に立ってご飯を作ろうとする。



その時、突然台所で倒れてしまって、

息が苦しそうにしてて…

息子を抱えて、寄り添って、



待って!やだよ!



って私は叫ぶんだよ。



息子は私に抱えられたままびっくりして

何も言えず妻を見てる。



妻は、癌なんて無い綺麗な姿なんだけど、

声が出なくて…

私と息子をみて、



ありがとう



って口だけで…






号泣して起きて、

やっぱり隣には妻の代わりのダッフィーしか居なくて…

涙が溢れてきて…



一人で寝れないのは俺の方じゃないか!!(ノ_<。)






この時期、妻の近くにいると本当に落ち着きました…

たとえ病気のこの時であっても、

辛さを消し去ってくれる。

妻が辛い思いをしている事に変わりは無いけれど、

それでも全てを穏やかな空気に包んでくれる、

そんな力が妻にはあるんだって…



そういう事に気付きもせず、

でもどこかでそれを感じながら

毎日を過ごせていた今までの日常。

それがどんなに幸せな事だったのか…

初めてその凄さと、有難みに気付かされました。






2月14日



手術後、首、顎周りの術後状況の治癒が遅く、

気管切開場所に差し込まれたカフ付きカニューレ

異物感、息苦しさ、飲み込みが

思うように出来ない辛さを訴える。



タンのようなものが頻繁に引っ掛かり、

頻繁にむせてしまう。



妻は、タン切りの薬を飲みたい、

今まで飲んでたタン切りの粉薬が貰えなくなった、

少しの粉薬であればトロミ剤で飲むことが出来るのに、

タン切りの薬や、喉の腫れを取る薬などを

処方して貰えず、自分は辛い思いをしているのに…

どうして?

と訴える。



しかし、声が出せないため、

思うようには意志を伝えられない。

タン吸引で、常にナースコールをしなければならない

申し訳なさのような感じもあったんだと思います。



命の掛かった話だから、何も気にしないで!

とは伝えていましたが、

迷惑とか、気遣ってしまうとか、

そういう事を妻はよく気にしていました。






妻の思いを看護師に伝え、

薬を出して貰おうとしましたが…

看護師が私を捕まえて、話を始めます。






実は、飲み薬だと口腔底にあいた穴から

空気も薬も漏れてしまうから、

うまく飲み込めないこと、

その関係で、薬を点滴で入れるように変えたことは

事前にも、事後にもお話をしていました。



ですが、

そのような感じで自身の辛さを訴えたり、

聞いたことを覚えていないような感じがある時は、

必ず看護師に報告をして下さい。



(モルヒネ系の鎮痛剤が効きすぎていたり、

フラッシュ回数が多すぎたりすると、

幻覚症状や、常時ぼんやりとし続けてしまう事があり、

今の状態がそれに近いのかどうか判断が必要になる

のだそうです。)



そして、いずれにしても

本人が説明を聞いた意識が無いのであれは、

もう一度しっかり説明をして、

納得の上で治療を進めた方がいいでしょう、と。



すぐに看護師と一緒に妻の個室へ行き、

事前に私が妻の気持ちを落ち着かせてから

看護師が説明を行い、

必要な薬は全て点滴で入れられている事を伝えると、

妻は、申し訳なさそうに手を合わせ、

看護師に頭を下げました…



いいんだよ、

そんなこと気にしなくて…

みんな、全力で妻の事を支え、

出来る限りの治療、緩和をやってくれている。

心配しなくていいんだよ…






ただ…

私は、なんだか妻が、

今までの妻ではなくなっていってしまうような、

あぁ、こんな事まで起きてきてしまう事態なのか…と、

何も言わずにただ時間が過ぎるのを待っている妻の背中を

さすって上げることしか出来ませんでした。



妻が大好きだったバレンタインデー。

毎年欠かさず買っていたステットラーのチョコは

手術前に買うことが出来ていました。

しかし…

この日、それを楽しむ余裕はありませんでした…

www.chocolaterie-stettler.com






2月15日



今日は早く仕事が終わり、

早めに病院へ行くと、

まだ妻の母が病室におり、

ニコニコしながら迎えてくれた。



なんだ、どうした?

なんかあった?



と聞くと、なんと…






👩「おかえり!」






と声が!



手術後、気管切開をしていたため、

声帯に息が通らずに声が出せずにいた妻でしたが、



喉から気管に通していたカフ付きカニューレ

スピーチカニューレというものに変更した事で、

声が出せるようになっていたのだ。






スピーチカニューレは、

通常のカニューレとしても使えるが、



カニューレの空気の入口に

一方向バルブ という弁が付いており、

空気は吸えるが、そこから吐くことは出来ず、

カニューレの途中にあいた穴から口の方へ 

空気が抜けるようになっているため、

声を出すことが出来る。

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※ 画像は、株式会社高研のサイトからお借りしました。






この日、

午前中はカニューレを変更するために、

切開場所から血が出てしまうほど

ストレスが掛かる処置をして大変だったようだが、

夕方にはその辛さも取れて、

喋る事が出来るようになったらしい。

これは嬉しい(゜▽゜*)



喉、鼻に空気が抜けるようになったため、

そのあたりの違和感なども取り除く事ができ、

とても気分がいいって!

良かった!



何かが治った訳では無いけど、

気持ち的にも、凄く大きな前進を感じる!



バルブの関係で空気の吸える量が充分ではなく、

常に深呼吸のようになるため、

喋っていると息が続かず疲れてしまうが、

気持ちを伝えられる事は、

本人にも、周りの人にも、大きな安心感になる。



なによりも、

また妻の声が聞けた(ノ_<。)

それが余りにも嬉しかった…






食事に関しては、

まだ流動食しか食べられず…



しかし、顎下の穴も広がってきており、

食べたものがすぐに穴からジュルジュルと

吹き出してしまうような状況。



普段、人が ゴックン をする時、

口を閉じて ゴックン する訳だが、

この ゴックン の力は非常に強く、

口から胃にかけて、強い圧が掛かる。



この時、口を閉じて、

空間が密閉されているから

(胃の方にだけ逃げ道があるから)

食べ物、飲み物が、胃の方へ流れて行きますが、



その途中に圧の逃げ道があると、

そこから圧が逃げる流れが出来てしまい、

それで、顎下の穴から流動食が吹き出してしまう。

これがもどかしく、

お腹を満たす事が出来ない…






顎下の創部を、

固めてしまうような薬?

も検討しているとのこと。

(詳細は不明)



浸出液が抑えられ、

穴を一時的にでも塞ぐ事が出来れば、

顎下を押さえている大きなガーゼが汚れる事も減り、

一時退院も出来るようになる。



そうすれば、

家に帰る時間も作れるかもしれない、

とのこと。






もう、私の持っている知識、

ネットで調べたにわか知識等では

対処のしようが分からない。



まずは、顎下のガーゼをどう取り替え、

綺麗にしているのか、

看護師の処置の仕方を見て覚える事が、



これからの妻と、

心を通わせるひとつの方法になるのかな…と、

看護師の指先の動き一つ一つを観察し、

そのやり方を覚える事にした。






そんな事を思いながら、

先日の窒息事件以降、

妻のタンの吸引の仕方を覚えられるよう、

何度も繰り返し吸引の処置を行い、



その処置を通して、

妻の うれしい💕 を引き出し、

心を通わせるようになっていった。

■漂流15 三回忌

2019年6月23日



あれから2年、

6月26日は妻の命日。

6月23日に、妻の三回忌を行いました。






今まで法事の事など、実家の方では触れることも無く、

まったく知らなかった私ですが、



妻の御両親にたくさんの事を教わり、

自分でも理解しようと色々調べ、

ようやく何とか、周りには迷惑をかけない程度の

準備、振る舞いも出来るようになってきた気がします。



まだまだ未熟者ではありますが…。






新しい場所での生活、

息子と2人での、ドタバタな毎日も、

1年以上たってようやく流れを掴んで、

少しだけ、今まで出来なかったことをする時間も

出来てきた感じがします。



妻は、私たち家族が生きていくために

必要なこと、大切なことを、

沢山教えてくれました。



それこそ、一生掛かって

ゆっくりと身に付けていく事も…






しかし、

妻は、私たち家族の周りから、

それ以上に大切なものを

もっと沢山、二度と取り戻せない所へ

持って行ってしまいました…






2年前、

余りにも多くの事がいっぺんに起き、

人生に余りにも大きな影響を受け、

やらなければならないことが多すぎて、

気付いていなかった事も沢山あったんでしょうね。



今、2年が経過して、

妻がいなくなってしまった大きな影響を、

余りに大きすぎて、

避けることも、受け止めきる事も出来ずに、

ただ押しつぶされるように

私の人生に覆い被さってきているように感じます…






2019年6月26日



妻の命日にたくさんのお花が妻の元に届きました。

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覚えていてくれる、という事が、

妻が生きて、どれだけ人に慕われていたか、

という証なんだと思うと、本当にありがたい事です。



妻の事を、

花やみんなの想いという形でしか、

感じたり、慰めるものがないという事が

あまりに切なくて…



そんなこと言ったってしょうがないのは

一番自分が分かっているんですが、

それで割り切って前を向くというのは、

未だに難しいです。



たとえ息子と2人の生活が

ある程度軌道に乗っているとしても、

全てに納得して、

割り切ってやっていることではないので…



当事者として、

一生で一番苦しく辛い死を

受け入れるしかなかった妻の辛さは計り知れず、

皆その妻の辛さは全身で感じている事かと思います。



ですが、

その一生を目の当たりにして、

自らの手で妻の最後の願い、



二度と起こさないで…それが私の願い…



という約束を守り、

残されてしまった自分と息子の永遠の苦しみ、

不幸に対しては、

きっと誰一人として理解が及ぶ人はいないんだろうな、

と三回忌の時に改めて感じた事でもあります。



集まって頂いた皆さんの事を悪く言っている訳ではなく、

その思いは絶対に当事者にしかわからないもの…

ということです。



こればかりは誰にも解決出来ないことで、

どうしたらいい、

なんて何も言えないことですが、

助けてあげられなかった情けない自分の本心は

今でもその状態のまま止まってしまっていて、

ここから抜け出すことが出来ないだけでなく、

抜け出すこと自体が罪深いことのように感じてしまい、

心の身動きが取れず、苦しさが無くなりません。






どんなに夢物語のような事を言っても、

妻はもう帰ってきません。






いつ、なんとき、家に帰ったら



👩久しぶり!ちょっと戻ってきてみた(笑)



って、家に居たりしないのかな…って、

思ったことは多々あります。



でも、そこで思い起こすのは

3年以上前、4年近く前の妻の姿です。

元気だった頃の妻の姿。



白いベッドの上で、

3本、4本の管に繋がれて、

ただ、骨に皮が被ってるだけのように

痩せてしまった2年前の妻の姿ではありません。



本当は、ちゃんと歳を重ねて、

41になった妻の姿が、そこにあって欲しいのに…







思い出される笑顔も、愛嬌も、



息子と戯れる姿も、



もう全ては遥か昔の話。






妻が亡くなってからは2年かもしれませんが、

私にとっては、

妻が、妻らしくいられなかったこの4年間が、

日常ではない日々として、

鮮明に記憶に刻まれています。



そして、

未来永劫、この十字架を背負って

生きていかなければならないという

果てしない、救いの無い世界に

真正面から対峙しなければなりません。

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ただ、居なくなってしまった、



もう会えない、



なんて生易しいものではなく、



これからの半生、



誰とも心通わせる事叶わず、



楽しい時も、



辛い時も、



病める時も、



挑戦する時も…



ただ独り虚無のように



ただ生きてしまっているだけ…






そこに1点の彩りがあるとすれば、



息子の成長を遠くから見守れるような



そんな生活が出来るようになる事だけが、



唯一の希望と思って、



息子を、世の中で活躍出来る人にする



という目標を掲げて生きている事だけが



今の生きる目標になっています。






この彩りの無い世界からは、



自力で抜け出せる気がしない…



どうすればここから出られるのか、



知っている方はいますか…?

■舌癌39 恐怖

2017年2月12日(日曜日)



頸動脈に癒着した癌を切除出来ずに、

手術継続不可で傷を閉じて、

撤退するしかなかった手術日から4日目。



私は、前回記事にもあるとおり、

仕事にも行きつつ、

夜は病院に寝泊まりして妻に付き添い、

術後の辛さを介抱していました。



ようやく自力で起きて、

トイレなどにも行けるようになり、

体を起こしてゼリーなどを食べることが出来たり、



呼吸を確保するための気管切開や、

そこに挿入されたカニューレ

また、それに伴うタンや血の滲み等による咳き込み時の

タン吸引などにも慣れてきて、

術後3日目くらいで経過が落ち着いてきた。



妻からも、



👩息子と遊んであげて。

 普段うちの実家でじじばばとしか居ないから、

 土日になると、おとーさん、おとーさん!って

 遊びたくてしょうがないんだよ。

 年パスあげたんだから、

 日曜はディズニーでも行ってきなよ(*^_^*)



と。






ということで、

2月11日(土)の夜は、妻から離れ、

息子の暮らす妻の実家へ。



久しぶりに一緒に過ごす息子は興奮気味で、

私のスマホを奪い取って、なぜか自撮りしまくる(笑)

カメラを使うのが楽しくて仕方ないらしく、

80枚くらい至近距離で自撮りをしまくっていたが、

顔すらちゃんと写ってないクソ写真ばかり(ーー;



妻はそんな息子(もマトモに写ってない)

の写真を見て笑ってくれた(*´ω`*)



私は、興奮する息子をなだめ、

一緒に風呂に入り、

自転車の練習をした事なんかを話しながら就寝。



そして12日(日)は、

息子と2人でディズニーランドへ。






また、妻も一緒にいる気分を味わえるように、

ディズニーランドから息子の様子や、

まだ妻も見たことがないパレードの動画を送る…



息子と2人でディズニーで遊んでいる様子を

Lineで伝えると、妻も良く返事を返してくれて、

言葉が弾んでいるのがわかった。






あれだけディズニー好きで、

ほぼ全てのショーを公開と同時に、

もしくは、公開前のスニークで鑑賞してくる妻よりも先に

私が見に行く日が来るなんて、考えもしなかった。

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この時は、アナとエルサのフローズンファンタジー

が公開された初年度。

まだ妻も見たことがないショー…



写真、動画を送ると、

ショー楽しそうだね!

と、自分が見たことないパレードに興味津々。



パークにもスノーギースいっぱい!

※ 下記二枚の写真は公式サイトよりお借りしました。

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息子も、スノーギースまんを

かわいぃ~💕

とかじりつくも…

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それぞれのパーツに違う具が入っていて、

アンコ的中!

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👦ボクあんこ嫌いなのに~💦



本当は、紫いもクリーム(笑)

食べられず出していましたf(^_^;

他の、ミートソース、サーモンクリーム、

ストロベリークリームは美味しそうに食べてました(*^_^*)



この日は、イッツ・ア・スモールワールド

大規模リニューアル工事中で、

こんなの配っていました。

珍しかったので、後で妻に持っていってあげました。

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一緒に見に行きたかったな…






息子は、いくつかの乗り物で、

膝の上に座りたいとせがんでくる。



私は、子供を膝に乗せたまま

アトラクションには乗れないと思っていたから、

息子を一人で座るよう下ろそうとするが…



息子は、

違う違う!膝の上で!そっちの端に座って!

と言ってくる。



直感的に思った。

妻が、子供を膝に乗せていいアトラクションを知っていて、

息子を膝に乗せて、

一番見やすい位置に座るようにしていたんだと。






息子は全てを覚えている…



お母さんと二人でディズニーに行って、

お母さんの膝に座れていたのは、病気になる前。

今から2年も前、

3歳半ばの頃までだ。



その後、妻を車イスに乗せて一緒にディズニーに行き、

遊んだ事は数回あれど、

その時、息子はアトラクションに乗る時に

何も言わずに一人で座っていた。






おかあさんは、

ボクをだっこしてくれるチカラがないから、

びょうきがいたいから、

おかあさんにはギューしちゃダメだよって

言われていたから…






車椅子で妻を連れて、

家族3人でアトラクションに乗る時も、

妻の膝の上には当然座ろうとしなかったが、

同時に、

私の膝の上にも、絶対に座ろうとはしなかった。



これは息子の、

妻に対する精一杯の思いやりだったのかもしれない。






程なく遊び、妻実家に帰る。



妻を見てくれていた妻の両親から、

今日は気道に痰が絡み辛そうだった、と聞く。



ディズニー帰りで夜も遅かったが、

辛かった、と言っている妻に会いに行くために、

夜、病院へ。






妻は、術後から変わらず、

ベッドの上半身を45度くらいに起こして、

私に気付いて手を振ってくれた。



術後、ベッドが水平に近いと

首に掛かる負担が大きく、

身動きが取りにくく、

首も締まって息が苦しく、

タンでむせやすくもなるという事で、

起きている時も、寝ている時も

常にこの姿勢で過ごしていた。



気管切開により声が出せないため、

筆談で話をする。



今日あった、苦しかった事というのは…



気管にタンが落ち、

急に息が吸えなくなり、

咳き込みも止まらず、

ナースコールをした時のこと。



すぐ駆けつけたナースは、

普段あまり身辺関係の世話をしてくれない

事務仕事ばかりしているナースだったようで、

その場で対応をしてくれず、

他のナースを呼びに行ったらしい。



しかし、妻は呼吸が出来ず、必死の状況で、

その時に吸引をして欲しかったが…

そのナースは、

危機感も無さそうな、急ぐ素振りも見せず、



他のナースを呼んできますね。



とだけ伝え、ナースコールを消し、

戻ってしまったという。



妻の母、つまり義母が居合わせたが、

看護師の代わりに吸引を行うことも出来ず、

他の看護師がすぐ来るのか部屋の外を見たが、

すぐ来る気配は無く、

裏では、窒息状態の妻…!!



義母はフロアに響く大声で叫んだそうです。






助けてください!誰か来て!

息が出来ない!早く来て!!





何人かの看護師が

他の部屋から飛び出してきて、

その中の、妻を一番見てくれている看護師が

駆け込んできてくれて、






ちょっと苦しいよ!頑張って!






と言いながら、

吸引器を強く動かし、

気道深くまでカテーテルを突っ込んで

タンを吸引してくれたそうだ。





ようやく呼吸を取り戻した妻は、

ボロボロ涙をこぼし、

何度も深く呼吸をして、

その看護師にすがりついた。



本人の感覚の話だが、

2分、3分は呼吸が出来なかったと思う、と。

吸うとタンを吸い込んで、反射で咳き込むが、

咳を出す空気が肺に無く、

溺れたような感じになり、

全身が痺れ、意識を失いかけたらしい。



死ぬ!



本気でそう思った。






夜、回診に来た先生に、

筆談で、とても強く訴えたらしい。

息が出来ず死にそうになったと。

ナースコールをしても、

来てくれた人は対応してくれず、

こっちは死にそうな思いをしているのに!






不安な気持ちが溢れたんだと思います。

ある意味、余命宣告されたようなところに

それでも生きようと、立ち向かおうと

気持ちを奮い立たせるときに、

こんな仕打ちを受ければ誰でも当たり前だ。



看護師全体が悪い訳では無い。

後日、よく見てくれる看護師に聞いたが、

その“塩対応”をした看護師は、

別に事務専任という訳ではなく、

他の看護師と立場は変わらないが、

以前からそういう働きぶりなんだそうだ。

命を預かる現場の意識としては

あきれるばかりの態度だが…

他の看護師が、



ごめんなさい。

二度とこういう事が起きないようにします。

怖い思いをさせてしまってすみませんでしたm(__)m



と頭を下げに来てくれた。

塩対応看護師の代わりに…



それ以上は事を荒立てなかったが、

その看護師だけはイヤ!

と、私たちの不安感は無くならなかった。






これは後日の事だが、

看護師にタン吸引をして貰っている時、

苦しいのでは無く、

何が恐怖を感じているような表情をしていて、



話を聞くと、

あれから、タン吸引が怖くてしょうがない

また窒息するんじゃないかって…

癌で死ぬより、窒息で死ぬほうが怖い!

と…



私は看護師に言いました。






🧑それ、自分がやることも出来ますか?

 医療行為だからやってもいい事だとは

 思っていませんが、

 もし出来ることなら、看護師さんだって

 常に付きっきりな訳では無いし、

 他にも手が必要な患者さんもいる訳だし、

 自分が出来るようになることで、

 妻の不安を少しでも無くしてあげたいから…
 





妻は目を丸くして、

そう!それがいい!

という顔。



結局、

本当は医療行為だから、という前置きはあったが、

旦那様なら出来るんじゃないかな?

という話になり、






🧑じゃあ、無理せず、深追いせず、

 苦しくなる前にナースコールするようにするので、

 少し出来るようにしていってみます。

 ありがとうございます。






と、吸引の仕事は任せてくれることになった。



後に、妻を見てくれていた

看護師リーダーさんがいる目の前でも、

吸引だけは私がいい、と妻が言うようになり、

看護のプロの目の前でも、吸引は

私がやることを認めてくれるようになっていきます。

(最終的には、注射や、点滴を除く、身辺介護の殆どを私がやるようになっていきますが。)






話は戻って、

窒息事件があったその日の夜。






自分は1度家に帰ったが、

家に着いてすぐ、21時過ぎ頃に

妻からLINEが入ります。






👩一人だと不安になる!ずっと一緒にいて欲しい…!






窒息しかけた事が、相当に恐怖だったんだと思います。

ただでさえ、呼吸も普段とは違い、

口からは息が吸えず、

喉に開けられた穴から呼吸をする。

酸素の流入量も、きっと普通の呼吸とは違う筈。






この不安な気持ちを今受け止めずに、

いつ受け止められるのか。



不安や、助けを求める声は、

今、恐怖や孤独、絶望感を感じているからこそ

相手の都合を顧みずに訴えてくるのだから。



妻は今、初めて本当の死の恐怖と対峙し、

一人押しつぶされそうな不安のなか、

病院の個室で一人でいる。



不安を感じないようにしてあげるだけでも、

辛さ、痛みは和らぐ。

焦り、焦燥感が薄れれば気持ちも落ち着く。

今、少しでも妻の辛さを取り除いてあげる事は、

私の一番の願い。



たとえ、自分の予定がどうであろうが、

また明日行くよ。

などと言おうものなら、

妻を、恐怖と絶望と孤独感の深淵に

叩き落とすことになるだろう。



自分には、そんなことは出来ない。



明日は仕事を休み、今晩から1日側にいて話をしよう…。



すぐに病院へ連絡し、

妻からのSOSがあった事を連絡。

急で悪いが、今から病院へ行き、

まずは1日、今晩付き添いをさせて欲しいと

無理を押してお願いする。



許可を頂き、

1泊分の荷物準備をして、

今帰ってきた道をまた病院へと戻る。



妻は、先程と変わらずベッドにいて、

来てくれた!ありがとう!

という表情で私を迎えてくれた。



どんなに怖い思いをしたとしても、

安心出来る人が近くにいれば、

不安感など一瞬で吹き飛ぶ気持ちは

私もよく理解出来る。






夜も11時になろうとする深夜。



今夜は、



出来る限り妻の不安を取り除けるよう、



寄り添い、手を取り、話しかける。



時に笑い話を、



時に21年間の思い出を…