~漂流中~

2017年6月、舌癌になった妻(39)が亡くなった。ADHDの息子(6)、頼りない自分(41)を残して…

■漂流16 折

2019年 8月末



大変久しぶりのブログ更新です。

令和元年の夏、いかがお過ごしでしょうか。



6月末に妻の三回忌を終え、

7月には息子の1学期が終わり夏休み突入。

お弁当を作る日々が始まり、

仕事も普段通りしつつ、

息子と遊びに行ったり、

暑さにバテて、アイス食べまくったりと、

子気味良く忙しい毎日を送っています。



今年の夏休みは、旅行らしい旅行は無しです。

GWの旅行がまあまあ豪華なお値段でしたのでf(^_^;



日帰り遊びメインで、

ディズニーシーに行ったり、

トイ・ストーリー4見に行ったり、

花火やったり、

スーパー銭湯に行ったり、

チームラボボーダレスの展示を見にいったり。



チームラボボーダレスの展示、作品は

本当に素晴らしかったですねー!

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この写真は、作品のごく一部で、

どこにいても、まるで宇宙空間の中にいるようで、

その中で、子供達が思い切り遊べるアスレチックや、

トランポリンなどもあるような、

時間さえあれば半日以上は滞在できる

施設になっていました。

見渡す限り、動的な、インタラクティブ

プロジェクションマッピングで作られていて、

正直、実物を目で見ないと伝わらないものが多く、

興味がある人は今からでも予約して行ってみて下さい。

当日、その場での入場券は

買えないと思った方がいいと思います。



息子も、同年代の子と遊ぶ機会が

少しだけ増えてきて、

まだまだトラブルは絶えませんが、

家庭での療育のような対応が出来る時間が増えたので、

本当に嬉しく思います。

ご理解を頂けている親御さんには

本当に感謝しています(*^_^*)

ありがとうございます!






今年の夏は、

今までの夏とは少し違う雰囲気を感じます。



息子の対応に昨年までのような

神経を尖らせていないといけないような

緊張感が、少し和らいだからでしょうか。



妻の三回忌が終わり、

改まった形での法要は暫く先になるからでしょうか。



私個人の気持ちの変化でしょうか…



過去に捕らわれたり、

今に縛られたり、

先を見る事、未来への希望を持つこと自体が

不謹慎かもしれないという既成概念に押しつぶされたり…



そういう心境に、

少し変化があったのかもしれません。






人は希望を無くしたまま、

未来から目を背けたまま

生きていく事は出来ないと思います。



目標を持って行動する。

未来を想像して判断する。



決して、不幸になりたくて

自ら不幸を選択する人はいません。



思い描く幸せに向かって、

可能な限りの努力をする。



それが、人が生きていく上での

最も純粋な行動原理だと思うからです。






今までブログの中で書いた事はありませんでしたが、

私は、人が生きていく上で最も大切なことは、



“思考を止めないこと”



だと思っています。






思考停止という状況は、

ありとあらゆる場面に潜んでいて、

いつの間にか、

多種多様な考えを受け入れられなくなり、

判断能力が奪われ、

自分らしさが消えて無くなっていきます。



もしくは、

自分自身が、自分らしさだと錯視した

思考停止論を語る人形のようなものになっていきます。



その最たる例が、

何の根拠もなく、理屈もなく、

全てにおいて曖昧なまま

人を支配することが出来てしまう

詐欺まがいの新興宗教などの教え。



人を完全に思考停止に至らしめる事で、

作為的に作られた神と言われる謎の存在を信じ込ませ、

生きるための全てのエネルギーを搾取され、

空っぽの抜け殻になってしまった人は、

その信じた神に救われることも無く

打ち捨てられて終わり。

そうやって、作られた神の下僕という役柄を演じる

詐欺経営者だけが利益を貪り続け、

溢れる私欲のままに、無限に肥え続けて行く。

それに気付かせないようにする方法が

つまり思考停止。



考えることをやめさせ、

与えられた真理というまがい物を

あたかも、自ら求めた神であるかのように

錯視させて、思考停止に追い込む。



現代の、合法的な奴隷制度のような

この経営方法は、

新興宗教だけでなく、

ごく一般の有名な会社などの中でも

社訓などと大層な筆書きされた

額縁などに収められて、

それさえ守ればあなたの立場は守られる。

なんて建前とともに、

新人研修などで社員を思考停止させ、

会社の奴隷にしていたりします。

まあ、正直そうでもしないと

自分で考えて会社のために働ける人なんて

一握りも居ないのが現実かもしれませんが。



この思考停止という状態が、

自ら考え、判断し、未来の幸せを掴み取る上で

一番邪魔で、いらないものだと

私は10年以上も前から思っていました。






やっぱり、自分という意識を持ちながら

生きていくのであれば、

自分らしさをもって生きていきたい。






今まではこうだった…



今まではこうしていた…



でも、そこにいた妻はもういない。



ないものねだりをいつまで続け、



2度と得ることが出来ない幻を追い続け、



自分らしさを失い、



それ以外の思いを抱いてはいけない、



それ以外の判断をしてはいけない、と



殻に閉じこもり、思考停止に陥っていて、



それで本当に、この先の半生を



息子を育てきるという使命を全うしながら



生きていけるんだろうか。






そういう思いを抱くようになったのは、

三回忌の後くらいからでした。






別の言い方をすれば、

妻が亡くなって、下を向いていた気持ちが、

少しだけ前を向いてもいいのかな…

今までを想い続けるのではなく、

これからの、新しい人生を

自分らしく組み立てていってもいいのかな…

と思えるようになるまで、

少なくとも私の場合は、

2年以上の月日が掛かった。

そういう事なんだと思います。



それでも、今までの思いが

キレイさっぱり消えて無くなった、なんて

そんなことはまったくないのですが。



多分、今を生きている息子という存在が、

自分はこのままじゃいけない…そうだよな。

という思いを強くさせているんだと思います。






この夏、他にも色々と変化がありました。






■妻の初代タブレット故障



昔、妻が使っていた初代のタブレットが、

突然電池が膨らみ、接合部をメリメリと剥がしながら

3倍くらいの厚みまで膨らんでしまいました。

うちで音楽聞く用に使ってたのに(ノ_・。)

爆発の危険性があったので、

データを消し、充電を全消費したうえで、

即、行政の指示どおりに処分をしました。






■妻の最後に使っていたタブレット故障



その後すぐに、

妻が最後に使っていたタブレット

バックライトが付かなくなり、

画面が見えなくなりました。

息子が使ってたので、ゲームのデータが…(◎-◎;)

真っ暗で見えなくなった画面を

強い光で照らしながら、何とかデータ移行を行い、

先日修理に出しました。

ゲーム以外のデータは元々消してあったので

妻の大切なものが残ってはいませんが、

出来れば初期化はされずに戻ってきて欲しいです。






■妻との生活を支えた愛車が限界



今まで妻と結婚後から乗っていた愛車が

13年目の車検を目前に迎えた今、

いままでほぼノントラブルで来ていたのに、

エンジン周りの費用がかさむ部分で故障が起きたり、

ブレーキ系のオーバーホールが必要になったり、

タイヤが夏も冬も買い替えが必要なタイミングだったり、

塗装が融雪剤で侵食されてしまい、

ボロボロになってしまった等のトラブルが続き、

遂にこの夏にエアコンが効かなくなって、

車内が灼熱地獄になり、

さすがにもう…



これに手を入れて、

新しく購入するタイヤを使い切るまでの

約4年間を乗ろうとすると、

今回の車検だけでも100万単位の整備代が掛かる…

それで4年後まで乗ることを考えると、

多分整備代、車検代だけで

4年の間に単純見積もりで

180万くらいの費用が掛かる見込み…╭(๐_๐;)╮

もう新車に代えるべき、ですよね。



という事もあり、

新車の購入を決断しました。



ここ最近で一番バタバタしたのは

この車の件ですね。



納車まではまだ暫く掛かりますので、

新車の話はまた今度(*^_^*)





 
今年の夏は、



こんないくつかの事、



思いの移り変わり、



年号も変わり、



多くの節目がここに重なり、



否応なしにターニングポイントが形作られ、



人生の 折 を感じる、



変化と節目の始まりの夏となりそうな予感。






妻を失ってからまだ2年しか立ちません。



されど、



2年もの月日を下を向き、殻に閉じこもって過ごせば



人間としての純粋たる欲求を求め、



今を改善しようとする、未来への思いを蓄えるには



充分な時間がありました。






いや、むしろ、

全てに背を向けて、

逃げ続け、

未来の全てを諦めた訳でもないのに、

そこに触れずに生きていこうとする事に

限界を感じている自分がいる、

という方が、正しい理解かもしれません。



そもそも、

仕事も人並みには出来ない状況で、

周りの仲間に寄りかかりながら

子供の面倒を見続けるだけ、

なんて生活のまま、

一生を安泰で終わらせられるなんて

そんな歳でも、蓄えも無いのです。



新しい流れを作り、

生きていかなければならない。



生きる事を、本気で考えなければならない。



いつまでも、

妻が亡くなったから…

と、泣き言を言っている人を

よしよし可哀想だね、と

お小遣いをくれる…

そんな社会では無いんですよね。



周りがどんなに勝手な思いを持っていたとしても、

その人達は、理解はしてくれても、

私と、息子が生きていく事に対して、

助けてはくれないんです。

当たり前ですけどね。






舌癌のブログの方も、

この先の辛い話に、なかなか手が進みません…



毎日、手を止める暇も無い程に

妻の付き添い、治療の手伝いをし始めた時期に

話が入っていきますので、



この先の記録が、

あまり正確に残っていないのも、

手が進みにくい理由のひとつです。






この夏、

自分を取り巻くあらゆるものが

変化を始める始まりの時を感じています。



しかし、いくつかの事の終わりと始まりが

今ここにあることは間違いありませんが、

今すぐ、何かが変わるという事は無いでしょう。



今は、妻に関わるいくつかの事に

少しの区切りが訪れ、

気持ちの上での変化、

大切な事への気付き、

今を変えようとする力の蓄え、

そういったものが

漠然とこの瞬間に集まり始めているに過ぎません。



この流れは、大きなうねりとなって

長い期間にまたがる

人生の 折 となるのではないかと

想像しています。



自分がこの変化に戸惑う事なく、

困難に負けず、

ズレることの無い 弧 を描いて

この人生の 折 を曲がりきる事は

出来るのでしょうか…



自分の、本当の力を試される時が

来たのかもしれません…






私が、この思いに至る切っ掛けを受けた

とある、尊敬の念を抱く方のブログを

紹介させて下さい。

(勝手にリンクさせて頂きましたが、同じような境遇で悩む方に、一度は読んでみて頂きたい記事でしたのでご紹介させて下さい。恐れ入りますm(__)m)

however-down.hatenablog.com