~漂流中~

2017年6月、舌癌になった妻(39)が亡くなった。ADHDの息子(6)、頼りない自分(41)を残して…

■舌癌40 眠れぬ夢、妻の声

2017年2月13日



頸動脈に癒着した癌を取り除く事が出来なかった妻、

結局、口腔低癌が悪化して、

顎下に開いてしまった大きな穴をどうすることも出来ず、



しかし、放置すれば皮膚は腐り、

不浄から始まる真菌…カビの発生などにより

命に関わる問題となってしまうため、



病院では、顎下創部の洗浄をどうやるか、

朝から試行錯誤が始まっていた。






創部は、指2~3本分くらいの穴が空き、

噴火口のような異形を形成し、

周囲の正常組織との境目が

大きく腫れ上がり、硬結する。



その大きさは、子供の握り拳ほどの大きさだ。



右下顎、唇が、

歯医者の麻酔後のように痺れているらしく、

痛みは少ないがうまく動かせない。



前の頚部リンパ節郭清手術時に

首周りの神経も切除していることと、

創部周辺の組織が、

溶けるように剥がれて行っている事、

モルヒネ系の強力な痛み止めを複数使い続けている事など、

それらの影響もあって、

痛みはそれほど感じない、という事に驚いた。



しかし、それが幸いしてか、

顎下に水をかけ、

少しずつガーゼで押さえるように

浸出液がドロッと固まったような部分を

拭いとっていく…

そんな、傷口に塩を塗るような処置も、

一切表情を歪めることなく、

受けることが出来ていた。



これから、この顎下をどう守っていくか、

出来るだけ傷を拡げることなく、

抗癌剤が効いて、縮小し、

あわよくば、

頸動脈の癌も小さくなって活動が弱まれば、

サイバーナイフで頸動脈の癌を焼き切る事も

出来るかもしれないと言っていた。



それが可能なら、

また癌が広がらなければ、

顎切除は伴うが、命を繋ぎ止める事は

出来るかもしれない。

しかし、そのために出来ることは、

抗癌剤が効くことを祈ることくらいしか出来ない。






私は、術後の辛い時間を共に過ごし、

その後も、息子と過ごすために

病院と、妻実家で寝泊まりをしていたが、

明日、月曜日からは日常に帰らなければならない。



もう癌を治す積極的な方法が無い、

と覚悟を決めてから、初めて帰る我が家…

もう、風呂と寝るだけ以外に、この家に帰る意味がない。



洗濯をすませ、無音の寝室で布団に入る。



隣の、呼吸がしやすいようにと



上体を30度くらいに上げてあるベッドに、妻はいない。



このベッドにまた妻が寝られる日は…



ぐっ と胸が締め付けられる。






妻のベッドを見ながら、

妻の着ていた服を見ながら、

静まり返った室内で独り日常が、

非日常に変わっていく瞬間を感じる。



いままで、朝方4時まで

毎日必死に治療法を探し回った日々は終わり、

奇跡を信じる以外に出来ることが無くなった…

自分は、妻を助ける気が無いのか?

という罪悪感に潰され、眠れなくなる…






妻のベッドに、

妻がいつも大事にしていたダッフィーのぬいぐるみを

寝かせてあげた。






ほんの少しだけ、心が落ち着いた。






朝方、夢を見た。

隣のベットで体起こして、

少し微笑んでこっちを見ていた。

触れた感触がわかる夢だった。



病気になる前の妻…

とても綺麗な、2年前の妻が隣りにいた。



場面が飛んで、

今まで一緒に経験してきた事が

回想シーンのように、

うっすらと色が付いた状態で流れていく。



息子もいて、妻は息子をだっこして、

一緒に買い物したりして。



遊びに行ったり、

日常のひと時だったり。



沢山の場面は流れて…



妻の笑顔とは裏腹に、

なにか焦りのような

まだ!まって!

という感情が湧き上がる。



家に妻と息子と3人でいて、

私は息子と遊んでるシーン。

妻は台所に立ってご飯を作ろうとする。



その時、突然台所で倒れてしまって、

息が苦しそうにしてて…

息子を抱えて、寄り添って、



待って!やだよ!



って私は叫ぶんだよ。



息子は私に抱えられたままびっくりして

何も言えず妻を見てる。



妻は、癌なんて無い綺麗な姿なんだけど、

声が出なくて…

私と息子をみて、



ありがとう



って口だけで…






号泣して起きて、

やっぱり隣には妻の代わりのダッフィーしか居なくて…

涙が溢れてきて…



一人で寝れないのは俺の方じゃないか!!(ノ_<。)






この時期、妻の近くにいると本当に落ち着きました…

たとえ病気のこの時であっても、

辛さを消し去ってくれる。

妻が辛い思いをしている事に変わりは無いけれど、

それでも全てを穏やかな空気に包んでくれる、

そんな力が妻にはあるんだって…



そういう事に気付きもせず、

でもどこかでそれを感じながら

毎日を過ごせていた今までの日常。

それがどんなに幸せな事だったのか…

初めてその凄さと、有難みに気付かされました。






2月14日



手術後、首、顎周りの術後状況の治癒が遅く、

気管切開場所に差し込まれたカフ付きカニューレ

異物感、息苦しさ、飲み込みが

思うように出来ない辛さを訴える。



タンのようなものが頻繁に引っ掛かり、

頻繁にむせてしまう。



妻は、タン切りの薬を飲みたい、

今まで飲んでたタン切りの粉薬が貰えなくなった、

少しの粉薬であればトロミ剤で飲むことが出来るのに、

タン切りの薬や、喉の腫れを取る薬などを

処方して貰えず、自分は辛い思いをしているのに…

どうして?

と訴える。



しかし、声が出せないため、

思うようには意志を伝えられない。

タン吸引で、常にナースコールをしなければならない

申し訳なさのような感じもあったんだと思います。



命の掛かった話だから、何も気にしないで!

とは伝えていましたが、

迷惑とか、気遣ってしまうとか、

そういう事を妻はよく気にしていました。






妻の思いを看護師に伝え、

薬を出して貰おうとしましたが…

看護師が私を捕まえて、話を始めます。






実は、飲み薬だと口腔底にあいた穴から

空気も薬も漏れてしまうから、

うまく飲み込めないこと、

その関係で、薬を点滴で入れるように変えたことは

事前にも、事後にもお話をしていました。



ですが、

そのような感じで自身の辛さを訴えたり、

聞いたことを覚えていないような感じがある時は、

必ず看護師に報告をして下さい。



(モルヒネ系の鎮痛剤が効きすぎていたり、

フラッシュ回数が多すぎたりすると、

幻覚症状や、常時ぼんやりとし続けてしまう事があり、

今の状態がそれに近いのかどうか判断が必要になる

のだそうです。)



そして、いずれにしても

本人が説明を聞いた意識が無いのであれは、

もう一度しっかり説明をして、

納得の上で治療を進めた方がいいでしょう、と。



すぐに看護師と一緒に妻の個室へ行き、

事前に私が妻の気持ちを落ち着かせてから

看護師が説明を行い、

必要な薬は全て点滴で入れられている事を伝えると、

妻は、申し訳なさそうに手を合わせ、

看護師に頭を下げました…



いいんだよ、

そんなこと気にしなくて…

みんな、全力で妻の事を支え、

出来る限りの治療、緩和をやってくれている。

心配しなくていいんだよ…






ただ…

私は、なんだか妻が、

今までの妻ではなくなっていってしまうような、

あぁ、こんな事まで起きてきてしまう事態なのか…と、

何も言わずにただ時間が過ぎるのを待っている妻の背中を

さすって上げることしか出来ませんでした。



妻が大好きだったバレンタインデー。

毎年欠かさず買っていたステットラーのチョコは

手術前に買うことが出来ていました。

しかし…

この日、それを楽しむ余裕はありませんでした…

www.chocolaterie-stettler.com






2月15日



今日は早く仕事が終わり、

早めに病院へ行くと、

まだ妻の母が病室におり、

ニコニコしながら迎えてくれた。



なんだ、どうした?

なんかあった?



と聞くと、なんと…






👩「おかえり!」






と声が!



手術後、気管切開をしていたため、

声帯に息が通らずに声が出せずにいた妻でしたが、



喉から気管に通していたカフ付きカニューレ

スピーチカニューレというものに変更した事で、

声が出せるようになっていたのだ。






スピーチカニューレは、

通常のカニューレとしても使えるが、



カニューレの空気の入口に

一方向バルブ という弁が付いており、

空気は吸えるが、そこから吐くことは出来ず、

カニューレの途中にあいた穴から口の方へ 

空気が抜けるようになっているため、

声を出すことが出来る。

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※ 画像は、株式会社高研のサイトからお借りしました。






この日、

午前中はカニューレを変更するために、

切開場所から血が出てしまうほど

ストレスが掛かる処置をして大変だったようだが、

夕方にはその辛さも取れて、

喋る事が出来るようになったらしい。

これは嬉しい(゜▽゜*)



喉、鼻に空気が抜けるようになったため、

そのあたりの違和感なども取り除く事ができ、

とても気分がいいって!

良かった!



何かが治った訳では無いけど、

気持ち的にも、凄く大きな前進を感じる!



バルブの関係で空気の吸える量が充分ではなく、

常に深呼吸のようになるため、

喋っていると息が続かず疲れてしまうが、

気持ちを伝えられる事は、

本人にも、周りの人にも、大きな安心感になる。



なによりも、

また妻の声が聞けた(ノ_<。)

それが余りにも嬉しかった…






食事に関しては、

まだ流動食しか食べられず…



しかし、顎下の穴も広がってきており、

食べたものがすぐに穴からジュルジュルと

吹き出してしまうような状況。



普段、人が ゴックン をする時、

口を閉じて ゴックン する訳だが、

この ゴックン の力は非常に強く、

口から胃にかけて、強い圧が掛かる。



この時、口を閉じて、

空間が密閉されているから

(胃の方にだけ逃げ道があるから)

食べ物、飲み物が、胃の方へ流れて行きますが、



その途中に圧の逃げ道があると、

そこから圧が逃げる流れが出来てしまい、

それで、顎下の穴から流動食が吹き出してしまう。

これがもどかしく、

お腹を満たす事が出来ない…






顎下の創部を、

固めてしまうような薬?

も検討しているとのこと。

(詳細は不明)



浸出液が抑えられ、

穴を一時的にでも塞ぐ事が出来れば、

顎下を押さえている大きなガーゼが汚れる事も減り、

一時退院も出来るようになる。



そうすれば、

家に帰る時間も作れるかもしれない、

とのこと。






もう、私の持っている知識、

ネットで調べたにわか知識等では

対処のしようが分からない。



まずは、顎下のガーゼをどう取り替え、

綺麗にしているのか、

看護師の処置の仕方を見て覚える事が、



これからの妻と、

心を通わせるひとつの方法になるのかな…と、

看護師の指先の動き一つ一つを観察し、

そのやり方を覚える事にした。






そんな事を思いながら、

先日の窒息事件以降、

妻のタンの吸引の仕方を覚えられるよう、

何度も繰り返し吸引の処置を行い、



その処置を通して、

妻の うれしい💕 を引き出し、

心を通わせるようになっていった。