~漂流中~

2017年6月、舌癌になった妻(39)が亡くなった。ADHDの息子(6)、頼りない自分(41)を残して…

■舌癌31 2017年 再入院 (とコーヒーの話)

2017年 年明け後



2016年12月後半から、2017年年明けまで、

家族3人、自宅で水入らずの時間を過ごす事が出来た年末年始。



小線源治療後に、口腔低に再発してしまった癌が

妻の顎下に大きな腫瘍を形成し、

一部が皮膚を破り、穴が開く状況となってしまった。



口の中、舌の付け根あたりは、

以前のように、米粒が入り込むような小さな穴

というよりは、全体的に口腔低が窪んだような状態に変化し、

今にも顎下の穴と、口腔低の窪みとが

貫通してしまいそうな感じを受ける状況に。



病状の変化は非常に深刻。

これを、根治を目指して治療するには、

右顎、舌を、顎骨ごと、

ほっぺたから頸部辺りまで大きく切り取り、

切り取った部分を、

体のほかの部分の肉で補うように埋める、

癌を根こそぎ体から排除するような手術をするしか

助かる方法は無い、という。



更に、その状況の中で抗癌剤をフルドーズ、

予定では6クール近く、休薬期間も含めれば

約2年近くも繰り返さなければならないと判断された。



この過酷な治療を、妻は



👩助かる方法があるなら何でも受けます。



と即決し、

2017年1月から術前抗癌剤投与を開始、

1クールの経過を見て、2月に手術を行うか、

もう1クール進めてから手術を行うかを判断する、

という事になり、

その鋭気を養うために、

また、治療が始まったら退院も外出も難しくなる可能性を考え、

年末年始は家族の大切な時間を過ごすように…

と、やや長期のお休みを頂き、

この年末年始を過ごしていた。



その休みもいよいよ終わり、

2017年1月4日から、治療を開始するための再入院となります。






1月4日



再入院の日。

息子を、妻の妹家族に預け、妻を病院に送っていく。



🧑絶対癌に負けんなよ!

絶対癌をぶっ倒す!

絶対諦めんなよ!

な!そういう想いでいこうな!



👩…うん。



妻の返事は力強くは無かった。



このところ、痛み止めの薬が強いのか、

また、夜息が苦しくてあまり寝れていないからか、

車に乗っていたり、静かに座っていると、

イビキをかきながら直ぐに寝てしまう。



舌、喉の辺りの筋肉が弱くなるとイビキをかきやすくなるというが、

癌の影響で、そういうことも起きているのかもしれない。



日中寝ている時間が長くなるのは、

癌の末期症状で良く聞く症状…

病状のせいでもあり、薬のせいでもあり…

なんにせよ、癌は確実に妻の体力を容赦なく奪い、

出来ることを確実に奪って来ている。






病院に着くと、早速主治医の先生から、

これからの治療について再度説明を受ける。



治療方針に変更は無し。

しかしながら、以前行ったTS-1は

十分な効果が無かったように思える、との事。



ただ、以前にもお伝えしているが、

TS-1は癌の細胞分裂スピードを遅め、

休眠のような状態にするだけらしいので、

癌が小さくなる事はない。



しかし、年末に行った投与の結果、

年明けの時点で、顎下の状況が悪くなっているため、

効果が薄かった、と見ているようだ。



正直、この判断の仕方も

妻の命を掛けた実験のような状況で、

ひとつも前向きに受け取る事は出来なかった。



これから始める抗がん剤は、

TS-1で一度癌の動きを止め、

分裂タイミングを揃えてからネダプラチンを入れて

分裂時に癌を一気に叩くという方法。



2016~7年当時の抗癌剤の使い方としては、

治療効果が高いと結果が出てきている最新の使い方らしく、

癌研究センターで研究含め実践されている方法。

と、先生から説明があった。



妻の病院は、癌研究センター系列ではなかったが、

治療方針、投薬方法、緩和ケア方法について

癌研究センターとの連携をしているらしく、

判断を仰ぐまでの多少のタイムラグや、

設備そのもの違いこそあるものの、

癌研究センター同等の投薬(治療は設備の違いにより出来ないこともあるが。)は、

出来るようにしているらしい。



どうか、薬がよく効き癌が小さくなりますように…

と祈るしかない。






1月5日



TS-1を開始。

ネダプラチンは10日からの予定。



TS-1で多少癌の動きを弱める事ができるとしても、

12月後半から1月中旬までの約半月、

癌を放置しているような状況に、

たったこれだけの期間でも苛立ち、焦りを抑えられない。






1月7日



変わり無くTS-1を続けている。

が、ここ数日で顎の先の辺りが

ガチガチに固くなって来たと…

右頚部リンパのしこりも一回り大きくなっている。



舌が痺れていて動きが悪く喋りにくい。

舌の切った断端に痛みがあるらしく、

もしかしたら舌への再発も考えられるのか…



もう治療方針に検討の余地がないため、

とにかく抗がん剤が良く効いて

癌が縮小する事を祈るしかない。

下手をすれば手術だって適用不可の判定になる可能性だってある。



今日は妻に少しの差し入れとお見舞いを。

明日明後日はネダプラチン投与前の

最後の外泊許可で、妻実家に戻ってくる。

自分もそこで一緒の時間を過ごす。






1月8日



TS-1服用中だが体調は悪くないため、

外泊許可を取り、病院に妻を迎えに行き、

そのまま妻が食べたいと言っていた

都路里へ抹茶パフェを食べに行く。

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写真は都路里webサイトよりお借りしました。



美味しく、楽しく食事が出来るのもあと1日、2日…

せめて手術の前、抗がん剤の期間は

体調が悪くならずに食事が出来ることを祈る…。



午後は家でゆっくり過ごし、

夕飯はリクエストのすき焼き。

薄く柔らかい牛肉は、食べやすく、食欲も出るらしい。



私も、実家の両親も、

今のうちに食べておきな!

と、できる限り妻の好きなようにさせてあげる。






1月9日

(少し余談が入ります)



息子の冬靴を買いにクロックスへ。

お気に入りの、歩くとピカピカ光る長靴は

売り切れで買えず残念。

でも、履きやすく走れるくらいのブーツがあり、

息子は店内を走り回って満足げ。

気に入ってくれたので良かった。



昼は妻リクエストの

ピッツァサルバトーレクオモのピザとパスタ。

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こちらも写真は店舗webサイトから拝借しました。



サラダも食べていた。案外色々食べれたね!

ピザも沢山食べて満足!

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サルバトーレクオモのピザは、

チェーン展開されているピザの中では絶品中の絶品。

しかも、店舗近くにはデリバリーもしてくれるから凄い。

お値段はそれなりになりますが、

ここもよく妻と記念日などに行っていたお店です。



元はと言えば、

新宿に Paul Bassett というバールが出来た時に、

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どうしても世界No.1バリスタがプロデュースした店に行ってみたく、

わざわざ妻と一緒に

新宿まで足を伸ばしたことが切っ掛けで見つけた

サルバトーレクオモ。

多分、日本初出店の店だったと思います。



Paul Bassettとサルバトーレクオモが店内壁ぶち抜きで併設されており、

なんて美味そうなピザ屋なんだ…

しかもPaul Bassettと店舗を共にしているなんて。

凄い店に違いない。

食わざるを得ないっԅ(,,´﹃`,,*ԅ)



という事で、そのままファンになった店。

最近はいつの間にか店舗も沢山増えて、

今住んでいる地域の駅前にも出来てるので、

いつでも行ける店になりました。



ちなみにPaul Bassettでは、

店でも使っているオススメのコーヒー豆が、

シグネチャブレンドとして販売されており、

店舗でサーブ頂いたカップが、

自分が気に入っているとある豆、味に、非常に似ていた為、

バリスタさんに聞いてみたところ…

やはり使っていました、ブラジルのナチュラル。



ほかの豆では絶対に出すことが出来ない

独特の(クセのある)タンニン感のような、

どっしりとしたボディ感のある、

チョコのような茶色に形容される香りや、

ベルベットのような滑らかな舌触りとは少し違う、

乾燥ベリーのような赤く熟し、水分が飛んだような強い香りと、

まったりとした滑らかさの中に、

色々なベクトルの味が沢山の粒のようになって飛び込んでくるような、

複雑な舌触りを感じ(る気がし)ますf(^_^;



シングルで使うと癖が強すぎる。

しかし、ブレンドでうまくハマると、

エスプレッソでも、ドリップでも、

なかなか他では飲めない重厚な飲み応えを楽しめるので、

大好きな豆なんです。

最近はイルガチェフェナチュラルなども

多く出回るようになりましたが、

自分が探し回っていた頃は、

なかなか手に入りにくい豆でしたので、

Paul Bassettでそれを購入出来た時は、

コーヒーの事をまったく知らない妻に



すげー豆なんだよ!

これを混ぜないと味に厚みが出ないから、

この店のブレンドにも必ず使ってるって、

よく分かりましたね!って言ってた!



と、子供のようにはしゃいでいた事を思い出します。



写真は、その時に買ったブラジルナチュラルをブレンドした

Paul Bassettのシグネチャブレンドの豆です。

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ナチュラルの豆は製法、管理が大変で、

腐った、カビの生えた豆や、異物の混入も多く、

少量で味が激変するので扱いが難しく、

ハンドピック、ブレンドに相当自信のある

こだわりのある店でなければ、

逆に味を落としてしまう事になるため、

ブレンドに少し混ぜている、という店は多数あれど、

自前で焙煎して売っている店のうち、

本当に美味しい!と思える豆を扱っている所は

コーヒー特集の本に掲載されるような一部の店以外では

滅多にないと思います。



特に工場で大量生産しているような、

サードウェーブコーヒー気取りの

星後進や、青瓶などの豆で、

美味しいと思えた豆はまず無いですね。

あの辺はただ宣伝に掛ける金が豊富で、

やり方がうまかっただけ。

結局、先人が築いてきた人気のものを

後から出てきて乗っ取ってしまったずる賢い人達。



冠だけ被せた素人の店よりも、

やはり、サードウェーブの本家、

大量購入以外では手に入らなかった貴重なシングルオリジンを

コーヒー輸入事業の賛同者共同で購入、

輸送の船まで手配して輸入コストを下げ、

更に、コーヒー農園にも出資をして、

生産体制、管理体制の質を大きく引き上げ、

豆の品質を高めて更に買い手が付く流れを作り、

産地の産業そのものを活性化して、

更には自分たち専用の現地農地まで拓いて行った開拓者の方々、

その事業に共同出資してサードウェーブコーヒーの本流を作った、

丸山珈琲や、堀口珈琲、Café des Arts Picoに始まる

日本国内を代表するロースターの方々が焙煎する豆は、

あまりの品質の差に驚きます。

(個人の好み、豆購入費用の捻出の関係で、主に購入している豆の代表店舗しかご紹介出来ません。ご了承ください。)



何よりもハンドピックに掛ける時間が違うと思います。

相当に厳選された豆以外使いませんので、

雑味が多くでやすいナチュラル系の豆で

スッキリとしたクリアな舌触りに、

非常に複雑な表情を持つシングルビーンズを提供してくれます。

もちろん、クリアなウォッシュドも多数扱い、

透き通るような舌触りに、

バニラのような白く甘い香り、

ピーチや柑橘系のようなフレッシュな果実感を楽しめる豆なども、

扱う豆、焙煎のレベルの高さ、多彩な表情には、

決して他では真似出来ないものがあります。



こういうカフェを見つけると、

コーヒー好きな私としてはとても嬉しくて、

Paul Bassettにも同じ流れを感じたんですね。



一応、ここで紹介したロースターのお店を紹介させて頂きます。



丸山珈琲
http://www.maruyamacoffee.com/

堀口珈琲
http://www.kohikobo.co.jp/

Café des Arts Pico
http://cafe-pico.com/

Paul Bassett
http://www.paulbassett.jp



すみません、話が飛躍しすぎました╭(๐_๐;)╮

コーヒーのマニアックな話はさておき…






サルバトーレクオモで美味しくピザを頂く妻。

これだけ食べれて調子が良いなら、

顎切る手術して食べられなくなるなんて、

そんな事になってほしくない!

とお義母さんが。



自分も妻も想いは同じ。

それでも妻は手術をしなければ命に関わる、

と…強く決意し、

やらなきゃいけないんだよ。

と、お義母さんを窘めていました。



舌を含めた、顔の一部が無くなる。

痛み止めを全開で使っても取り切れないであろう

苦痛を伴って。

そのような状況にも関わらず、

目が覚めれば全身麻酔の副作用で、吐く。

吐く時に、否応なしに動いていまう喉や舌は、

大部分が切除され、逃げようのない激痛に悶える。

下手をすれば傷口が開く。

生きている中で感じる苦痛としては

最大級のものだろうと、容易く想像出来る。

誰もそんな苦痛は味わいたくない。

しかし、それを拒否しても、

その先に待っているのはそれを上回る、

想像すらも出来ない壮絶な苦しみ。

もう、選択肢はない。

それでも妻は、

しょうがないんだ、と諦めて治療を受けるのではなく、

自ら、その治療を受ける。

治るためにその治療をやるんだ、と。

その意思は何があっても曲げることは無かった。



夜、妻を病院へ送っていくため、車へ…

玄関先で息子を抱きしめる。

もう一度抱きしめる。



その頃息子が大好きだった

ベイマックスのバラララララをやって息子とお別れをする。

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「ベイマックス」MovieNEX/バラララララ~




静かに車に乗って何も言わない妻に話しかける。

俺の想いを伝える。



🧑今度の治療は本当に大変。

命を掛けた治療になると思う。

妻 が一番よく分かってる…よな。

退院が出来ないかもしれないって言われたけど、

そんなことは無いと思う。

長い時間が掛かるけど、

手術して2ヶ月、傷が癒えるのを待って、

癌さえ無くなれば体は必ず元気になる。

今まで2ヶ月くらいで再発を繰り返してきてるから、

逆に、手術後、半年たって再発なければ絶対大丈夫だよ。

食べ物とか、不自由は残るかもしれないけど、

生きている限り、

たとえどんな状態になったとしても、

一生守っていくから。

それは今までも、これからも、変わらない。

大変なんだけどさ、信じてるから…

絶対に癌に勝って、うちに帰ってきて。

息子の成長をこれから見ていく時でしょ。

こんなとこで負けてらんないよね!



妻はただ うん と頷く。



言いたいことを我慢しなくていい。

煩いくらいに言っていい。

要求していい。

自分一人で抱え込まず弱音を吐いていい。

頑張るのは治療や痛みに耐えるだけで、

それ以外の事は頑張らなくていい。

気持ちを吐き出していいんだよ。



と伝える。



妻はただ うん と頷く。



病院に着いたとき、



👩あーあ着いちゃった…戻ってきちゃった…



と小さく呟く。

涙が出た。



次、退院して家に戻れる保証は無い。

次退院出来るのは手術後経過が良かった時だけだ。



妻が勝つか、

癌が勝つか、

もうそれ以外の選択肢はない。



看護師さんの顔を見た時、

妻が噛み締めるように涙をボロボロと流した。



辛かったね、治して家に帰ろうね、大丈夫!



と声を掛けられる。

自分もただただ涙が静かに溢れてくる。



入院の支度を終え、お別れ前の話をする。

何度も何度も妻の体に手を当て、励ます。

帰らなければならないが離れられない…



よしっ、じゃあそろそろ…



と意気込むが、離れることが出来ない。

何度も、何度も、

よしっ、と自分に言い聞かせるが離れられず、

二人で静かに泣いた…



絶対帰ってこいよ!

待ってるから!

と、歯を食い縛って妻の元を離れた。

病室に一人残して…



この時の、私の背中を見送る妻の気持ち、

想像することも出来ません。



考えようとすると、

今でも焦燥感と、

体がジリジリと、

血液中に砂が流れているような感覚が襲ってきます。






既に面会時間を1時間以上過ぎた21時30分頃、

夜勤担当者だけがナースステーションに残る

人気の少ないフロアで、

先程妻に声を掛けてくれた看護師さんに、



🧑どうか妻の事を助けてやってほしいです…

どうか、

どうか、

お願いします…治してやってください…

お願いします…



相手の迷惑も考えず、

ただただ歯を食いしばり、

こらえきれない涙を拭いながら

懇願を繰り返していました。






2017年

これが私たち家族の年明けでした。