~漂流中~

2017年6月、舌癌になった妻(39)が亡くなった。ADHDではなくASDの息子(6)、頼りない自分(41)を残して…

■舌癌28 失いたくないもの。生きる価値は?

2016年12月



これまで、

何度かの再発、転移を乗り越え、

幾度もの治療を行い、

辛い治療、苦しい副作用に耐え、

それでもめげずに、絶対に治して家に帰ることを

目標にして頑張ってきた。



もうこれ以上は体力的にも厳しいな、と

体力、気力の限界の崖っぷちから

半身を乗り出したような状態まで経験して、

それでも、本人の強い意志と、

妻実家の手厚いサポート、

息子の成長を見守るんだという私たち家族の想いを

癌に立ち向かうエネルギーに変えて頑張ってきた。



しかし、

癌は容赦なく妻の体の中で暴れまわり、

今までよりも更に大きな塊となって姿を表す。






再発を宣言された…。






小線源治療後、退院し、副作用に耐え切った後、

ようやく自力で食事し、体に元気が戻ってきた

2016年の秋の頃、

妻は、友人、会社の仲間とコミュニケーションを取り、

お見舞い等や、外出時間を取って友人に会い、

沢山の励ましを貰って、

これからの治療にも全力で頑張るよ!

と、自分を奮い立たせるように伝えてきていた。



毎日、頑張って食事しているところや、

プリンなどを食べているところを写真に撮り、

LINEなどでも元気に報告をしていた。



だが、今回の顎下、口腔低の再発、

右頚部リンパへの転移には、

相当なショックを隠しきれず、

初めてみんなの前で涙を流します…



顎下の創部は目に見える速さで悪化し、

大きく変形し、

膿を出し、

顔もパンパンに腫れ、

見るに耐えない状況になっている。

痛みも増しているという。



この創部は、今後手術でどうにか出来るものなのか、

それとも、手の施しようが無く抗癌剤に頼るも、

効果が薄ければ、口腔内と繋がる穴が空いてしまうのか…



もし治す方向で手術が出来るとしても、

その内容は前回説明の通り、想像を絶する内容。

どちらにしても、

これからは気が気ではない状況になる事を、

本人も、

家族も、

覚悟をしなければならない。



それを受け止めなければならないというプレッシャーだけでも、

気が狂うほどの苦しみを、私自身も感じている。

妻の心境はとても計り知れない。






大丈夫だよ。



という言葉で、

安心させる事が足りていないかもしれない。



そんな話を少し前にしているが、

もし皆さんがこの同じ状況になってきた時、

何の解決方法も、

後ろ盾も、

やれるべき事も無く、

ただ主治医の言うことに従うしか出来ず、

その治療方針も、こう言ってしまっては良くないかもしれないが、

とても治療後に今よりも改善される、辛さを取り除けるものではなく、

今よりも辛さを倍増させるような治療方法しか選択出来なくなっている。

生きるためには必要だと言われればそれまでだが、

生きる意味、生きている価値が感じられなければ、

その治療をする事自体にも価値は見いだせない。



昨今の癌治療で、治療自体の有効性よりも、

QoL(クオリティオブライフ)に重きを置くようになってきたのは、

この辺りの、治療と、生きる価値とを天秤に掛けた結果、

生きる価値が無ければ治療する意味も無い、

という意見が非常に多いという事だろう。



これほどまでの状況を受け止めなければならない

最愛の人に対して、



大丈夫だよ。



と、ただ言うだけで、

本当に心安らかになる、と判断は出来ますか?

それが最善の策だと、その瞬間に判断出来ますか?



癌に対して、

出来る治療が無くなっていく感覚の中では、

大丈夫、などという言葉は

本当に無意味にしか感じられない。



大丈夫、なんて言いながら、

目に見える速さでやせ細り、

動けなくなっていく姿を

ただ優しい目で見ているだけ、など、

溺れている人に手を差し伸べること無く、

ただ笑顔で見ているのと何ら変わりはない。



それが、今まさにもがき苦しんでいる

最愛の人に掛ける最高の言葉になるのか、

私としては疑問でしかない。



それでも、

それでもなお、

その気持ちの中で



大丈夫だよ。



と言ってやれなければ、

ひとりこの世の流れから置いてきぼりにされそうに

なっている人からすれば、



私の事を助けてくれる人は誰もいない…



という孤独、絶望に襲われる。



せめて、それだけでも避けてやりたい、

何とかしてやりたいと思っている、

あなたを孤独にさせない私は、ここにいるよ

という思いで言う



大丈夫だよ。



という言葉には、

深淵よりも深い愛と、悲しみと、優しさ、

その全てが満ちている、

一生のうちで一度きりの言葉だろうと感じます。






2016年12月22日



東京医科歯科大学の診察日。

小線源治療後の口内状態の診察です。



外出の際、車椅子を使うことが増えてきた妻ですが、

この日は自分の足で歩き、Y先生のところへ。



1か月前の検診の時とは大きく変わった妻の病状に、

Y先生もショックを隠しきれない様子。



妻も、舌がうまく動かせず、

喋ると舌が痛くなる事から、

この頃から、あまり多くを喋らなくなってきていた。

しゃべっても、

喉がガラガラと常に痰が絡んでいるような声になってしまう。



口腔内の目視、触診も早々に終えるY先生。



🏥舌には違和感は無く、とても綺麗で柔らかく、

非常に良く治ってきていますよ。



👩やったぁ!٩(ˊᗜˋ*)و♥



という気持ち全開で目を丸く輝かせる妻。

声には出さなくても、

目は声以上にものを言う。



🏥顎の方は…再発してしまいましたか…

そうですか…

ほんっっっとうに治療頑張ったのにね…

できる限りの事はしたんだけど…そうかー…



妻は目をつぶり、こく、と暫く頭を下げた。



👩Y先生、ごめんなさい…



多分、そう言いたかったんだろう。



誰も、何も喋ることが出来ない一瞬。

目頭が熱くなる。

小線源治療を終えて、

いきなり 赤いきつね を食べるやんちゃ振りを見せたのは

つい先日の夏のこと。

たったの3ヶ月で、まさかこんな状態にまでなるとは…



それでも妻は、

以前見せたタブレットの音声読み上げ機能と、

日々撮っている写真とを見せながら、

この1ヶ月、こんな風に頑張ってきたんだよ、

小線源の副作用もようやく落ち着いて、

少しは食べられるようになったんだよ、と

片言の言葉を添えて積極的に話しかけます。



妻は、Y先生の人柄が本当に好きなんだろう。

経過の話は、辛い話もあったが、

終始笑顔で冗談まで言えるほど

会話を楽しんでいたようだ。



🏥妻さん、次の診察は、年明けに予定されている

手術とかもあるから、そういうのも終わって、

元気に顔を出せる時にまた来てください。

いつでも連絡くれたら予約出来ますから。

ね。

治療頑張って、体力つけて、

また元気な姿を見せてください。

待ってますから。



妻は力強く👊を握って、

また来ます!

と先生に伝えます。



とても厳しい状況だが、

また妻をここに連れてきてやりたい。

妻の心配ばかりしている私と話しているより

先生と楽しそうに話している妻をまた見たいから…






東京医科歯科大学を出て帰る途中、

息子のクリスマスプレゼントを調べるために有楽町へ。

少し頑張って歩き、プレゼントを見て回る。

結局ここでは買わなかったが、

せっかく来たついでに、

妻への誕生日プレゼントも何がいいか聞くと、



👩タブレットの新しいのが欲しい!

今使ってるやつ、タッチパネルがおかしくて暴走する。



ということで、少しタブレットを見に行き、

何となく雰囲気を掴んだ頃、

痛み止めを飲むのが普段よりも遅くなり、

疲れも出てしまい、

調子が悪くなってきてしまったため、

早々に撤退し、トイレでオキノームを飲む。



即効性があるため、すぐに痛みはおさまった事で、

今度は食欲が出てきた、という事で

東京国際フォーラム内にある

モンサンミシェルのふわふわオムレツのお店

ラ・メール・プラール 東京へ。

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写真: ラ・メール・プラールサイトより



妻の、1月の誕生日の食事は、

手術の関係で行けそうもないため、

急遽このお店に行くことにした。

ふわふわオムレツならきっと食べられるんじゃないかと。



このオムレツは異次元のフワフワ感で、

まるでケーキのクリームを食べているよう。

メレンゲを大量に混ぜた卵黄の表面を焼いたオムレツなので、

中は生シフォンケーキのような感じ。

噛む必要がなく、

口の中に入れるだけでジュワーっと自然に溶けていくような食感。

これには妻も感動で、すごく食べやすい!と、

まるまる1つを食べ切ってしまった(๑>؂<๑)



私たちは、普段あまり外で食べない代わりに、

こういった感じのフレンチや、イタリアンのお店にたまに行くのが大好きでした。

ディズニーシーのマゼランズ、SSコロンビアダイニング、リストランテ・ディ・カナレット、

ミラコスタのベッラヴィスタラウンジ、
ランドホテルのシャーウッドガーデン、
などは本当によくお世話になりました。

それ以外にも、ごく一部の地域のみで小さな有名店になっている某ホテルで腕を奮ったシェフとソムリエの2人だけで営む隠れ家イタリアン。

軽井沢の名店で、自分たちが行った後に火事で消失してしまったエンボカ。

いまは見事に新店舗復活を果たしたようですね。
外観はガラッと変わってしまって、以前のような木造の良さは無くなってしまいましたが、また行きたいなぁ…

なんだか、安倍総理も予約を断られたとか噂まであるんですね。いずれにしても究極のピザ、チーズ、生ハムが食べられて、

何よりも、他では体験出来ないような、店に入る前から異世界の森に迷い込み、その奥深くにあるたった1軒のレストランというシチュエーションが味わえる、雰囲気も最高のお店でした。紛れも無く名店だと思います。今はどうなんだろうな。



そんな思い出にも想いを馳せながら、

また行こうな、絶対行こうな、美味しいお店。

きっと食べられるようになるよ、

Y先生も言ってたじゃん。

舌は凄くよくなってるって。

癌さえいなくなれば、あれだけ大変だった治療でも、

体はちゃんと再生出来るんだよ。

癌さえいなくなればいい。

そうしたら、また美味しいもの食べられる。



絶対大丈夫だよ…!!






この言葉が自然に言えたのは何ヶ月ぶりだろう…



根拠がなくても、

後ろ盾が無くても、

この先の事に不安しか無くても、



2人で築いてきた結婚してからの日々、

掛け替えの無い思い出、

何事も起きない日常、

沢山食べに行った美味しいもの…



本当に大切なものであれば、

失いたくないものがあれば、

その言葉は自然に出てくるもの。



いつもいつも、治療をどうするか、

次は何を調べればいいのか、と

癌と付き合っている状態だと、



本当に大切なもの、

大切な時間、

無くしたくないもの、

今しか出来ないこと…



そういうものが、自分の手から溢れて行ってしまう。

どんなに治療が辛くても、

どうすればいいかわからない日々が続いても、

命の決断を迫られる時でも、

ほんの一瞬立ち止まり、

本当に大切なものに気持ちを向けてみて欲しい。



たぶんそれは、



最愛の人も思い描いている、



二人だけの本当に大切なもの、



大切な時間、



生きる価値。



それを無くしてしまったら、

どんなに治療の知識を持っても、

どんなに相手の事を考えてあげていても、

今まさに命の危機にある人の

想い、希望、生きる意味…

その気持ちを支えてあげる事が出来ない。



生きる意味を、価値を失ったら、

どんなに最新の治療法があっても、

それは本人にとってなんの意味も成さない。



それに気付き、支えられる唯一の言葉が、



大丈夫。



あまりに毎日が怒涛の如く過ぎ去っていく中にいては、

これに気付くことは相当に難しい。



今、まさに闘病をしている方、

最愛の人の闘病を支えている方、

今一度、想いを寄せる方との失いたくないもの、

大切な時間に目を向けてみて欲しいです。

その大切なものを失いたくない、という気持ちを

もう一度思い出してみて欲しいです。

きっと、言葉が出ない程に辛い思いをしていても、

必ず、もう一度想いを重ね合わせることが出来ると思います。






2016年の年末まであと少し。

妻は、1日、1日、濃密な時間を過ごし、

命を掛けた治療に立ち向かう為の

鋭気と、前向きな気持ちを蓄えていきます。



生きて、また幸せな日々を取り戻すために…