~漂流中~

2017年6月、舌癌になった妻(39)が亡くなった。ADHDではなくASDの息子(6)、頼りない自分(41)を残して…

■舌癌10 転移 

2016年1~3月頃



2016年1月1日~1月下旬

舌切除手術からの退院後、暫く実家療養していた妻ですが、

ある程度体調も安定し、食事も出来るようになってきた事から、

年末年始から、久しぶりに家族3人で自宅で過ごす事にします。



病気になる前は、年末年始といえば昔からの友人たちみんなで新潟にスノーボードをしにいっており、

年越しを新潟以外で迎えた事など無いくらい毎年雪山三昧の生活でしたが、

今年はさすがに、緊急事態が発生した時に新潟では対処出来ないため、

雪山旅行は諦めて家でゆっくり過ごすことにしました。



妻も、なるべく元の生活に戻していこうと、さっそく以前のように食事を作ってくれて、

LINEの記録を見ると、毎日妻が作ってくれた食事の写真ばかりで埋め尽くされています。

妻自身も食べるのが大好きでしたから、自分で作った好きなものを食べたかったんだと思います。



息子の生活も、保育園への送り迎えも、

放射線治療を始めるでは自宅からやるように戻し、

普段の生活自体がリハビリ生活だ、と

すべてを元の生活に戻していった時期でもありました。



しかし、舌切除手術から約2ヶ月後の1月下旬。



右頚部に、ガチガチに硬く、痛みを伴わない小さなしこり。



まるでパチンコ玉が首に埋まっているような、という表現が一番近いか。



目に涙を浮かべながら、

これ、何かなぁ…

と。



私に言う前から本人は当然気付いていたでしょう。

それが意味する事もわかっていたでしょう…



舌切除手術からわずか2ヶ月。

数日前まで何もなかった場所に、

たった数日で

はっきりとした大きさまで急成長した

リンパ節へ転移した癌。



数日後、

本来は放射線治療前の全身転移検査のために受けるはずだったPET検査で、

右頚部リンパ節への明らかな集積が確認されます。



右頚部リンパ節への転移が疑われる所見。



すべての癌を取りきったとされていたのに、再発でもなく、転移。



間違いなく初動対応の遅れ。



どんなにお願いしてもそれ以上早くはならなかった、切除手術までの検査待ち、手術待ちの対応の遅さ。



明らかに、癌の方がスピードが早かった。



でも、それが誰もが知っている某有名大学病院で出来る最速の対応。



決して病院がもたもたしたわけではなく、他大多数の命の危険を伴う患者様を平等に扱う結果としての最速対応。



実際に、検査予約をするシステムの画面を見せて貰いながら毎回予約を取っていましたが、本当に空きがない。



仕方がない事はわかっていますが、それでも、このような結果が起きた事に対して到底納得は出来ない。



妻に、

しょうがないじゃん

って、言えるわけないですよね(ノ_<。)



この結果を受け、放射線治療の予定をキャンセルし、右頚部リンパ節郭清手術に向けた検査、手術計画をしていく事に。

ですが、MRIか、CTか、忘れてしまいましたが、緊急で予約を入れて貰うも、また1週間後。

ここでも検査待ちの時間に悩まされ、家族全員が激しい焦燥感、不安感に襲われます。

1日が、1分、1秒が長い。

たった数日の放置時間が取り返しのつかない結果を招く、ということを既に目の当たりにしている今、次、同じような事を繰り返したら、もう手の施しようが無くなってしまう。

これまでの経過を考えると、このリンパ転移した癌は、恐らく1週間程度で姿を表し、パチンコ玉大以上まで急成長したことになる。

以前の検査待ち1週間と、今回の1週間では、その意味がまったく違う。



2月上旬、

画像検査後、右頚部リンパ節郭清手術の説明を受けます。



右耳の後ろから、

首右側の中央を通り、

顎の中央先端まで、

下弦の半円を描くようにメスを入れ、

Yの字のように、弧の中心から鎖骨に向かって縦にもメスを入れる。

皮膚をすべて捲り上げ、その範囲にある殆どのリンパ節を筋繊維と共に切除する。

また、頸静脈が癌転移したリンパのすぐ近くにある事から、頸静脈の一部も切除し、人工血管と差し替える。



聞いただけでも気が遠くなりそうな手術だが、やらなければ命に関わる。



体を切り刻んで、癌の浸潤する道筋をすべて遮断した上で、癌全体を一塊として取り出さなければ、癌をすべて取り出すなんてことは絶対に出来ない。



妻は迷うこと無く手術することを決意する。